宗教は詐欺である
人生をある程度生きたころから、そう思っていました。でも、夫もいたり、両親も存命だったりすると、世間に忖度して、大っぴらに言うことができませんでした。今、皆亡くなって、私自身も死兵となって、社会性をかなぐり捨てると、宗教は弱いものを虜にする詐欺であると改めて思うのです。
この度の安倍元総理の事件、人殺しは悪いとは思いますが、代々の安倍氏や岸元総理が統一教会を組織票の票田として利用していたことを知ると、阿部さんも間接的な加害者だったのではないかと思えてきました。
昔、統一教会が有名になり、近くのビルに写真入りの教祖の結婚式のビラが貼りだされているのを見て、なんで韓国の宗教が日本でこんなに人を引き込んでいるのだろうと違和感を持ったことがありました。良くも悪くも組織を作っていたのです。みんな疑ってみるべきなのですよね。素直な人たちは、善男善女になってしまうのです。
キリストや釈迦がどんなに奇跡を起こしたとしても、それは歴史の一部です。私も時々亡くなった人の存在を感じたと言ったりしますが、それは個人の観念の世界で、人様がどうこうできることではないと思っています。ましてや人様の心象世界に他人が入り込むことなど、神や仏でもできないのです。助けてほしいと思う心に付け入って、あれやれこれやれというのは詐欺です。
韓国の大統領経験者はみんな牢屋へ行くと、笑われているようですが、安倍さんも、誠実な公務員が公文書書き換えを命じられ自責の念で自殺した森友問題や、公費流用の桜を見る会、友人の学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設など、あれだけ疑わしい不祥事があっても逃げおおせてしまいました。でも、有罪になって、韓国の大統領と同じように牢屋に入っていたら、今回の狙撃からは逃げられたでしょう。
政治家は何をしても罪悪感を持たないのですよね。国のために一生懸命やっていると思うから。私のように気の小さい人間は、この一挙手一投足がまわりまわって誰かを傷つけているのではないかと戦々恐々としているのですが。政治家はそんな事を思っていたら務まらないのでしょう。清濁合わせのむ世界ですから。