2026年9月6日日曜日

 悪魔のささやき

 夏風邪かインフルエンザか、とにかく得体のしれない咳にさいなまれていた夏の終わり、一寸信じられないようなニュースに遭遇しました。

 『米大統領警護隊(シークレットサービス)は25日、イラン国営テレビがトランプ大統領の三男バロンさん(20)の暗殺を示唆する映像を放送したとして、』

『米メディアによると、映像にはバロンさん殺害をほのめかすタイトルが付けられ、ニューヨークのトランプタワーなど滞在先とされる複数の場所が示されていた。1000万ドル(約15億9000万円)の懸賞金にも言及している。』

 「だから宗教っていやなのよ」とまたささやいてしまいました。

 私には経験があるのです。

 昔々、私がまだ世間知らずの嫁だったころ、夫の友人の女性に誘われて、つまりは夫の代わりに、近くの大学で開かれた講演会に出席したことがありました。

 それが『悪魔の歌』というその頃話題となっていた本の翻訳者の講演会でした。

 私は誘われて行った程度の興味で、宗教に全く関心はなかったので、多分そぞろに聞いていたのだと思いますが、何を話されていたのか全く断片も記憶に残っていません。最後に本を分けてくださるといった時も、そのお友達は買ったのですが、私はわが家にある膨大な本の山を見ているので、あれを何とかしなくてはと思うと、買えませんでした。

 今は買っておけばよかった。ちょっと読んでみたかったという思いもありますが、若い私は家政に必死でした。

 それからすぐのことです、『悪魔の詩訳者殺人事件』と呼ばれている殺人事件がその大学で起こったのは。悪魔の詩の作者が付け狙われているというのは前から有名でしたが、まさか翻訳者にもその手が及ぶとは思ってもみませんで、しかも興味はなかったとはいえ、話を聞いたばかりでした。確か、エレベーターの前で待ち伏せされたとか、その頃にも捜査は必死に行われていたようですが、いまだに未解決のようです。あれにも賞金がかかっていたのでしょうか。

 そういえば、悪魔の歌の作者のほうはどうなったか、興味が湧いてきて調べてしまいました。「『悪魔の詩』(あくまのし、あくまのうた[注 1]原題:The Satanic Verses)は、イギリス系インド人作家サルマン・ラシュディの4作目の小説である。1988年9月に出版された本書は、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯から着想を得ている。」「この本は広く批評家の称賛を受け、」「この本と神への冒涜と思われる内容が過激派の爆破、殺害、暴動の動機として引用され、検閲と宗教的動機による暴力についての議論を巻き起こした。1989年、ルーホッラー・ホメイニーがラシュディの死を要求したため、ラシュディ暗殺未遂が何度も起こり[4]、日本人翻訳者の五十嵐一を含む関係者が攻撃された。暗殺未遂は2022年8月、サルマン・ラシュディが刺される事件まで続いた。」

 「ホメイニさんがかかわっていたのか」という感じ、宗教は嫌いです。まるでシャーマンに操られた古代の村社会のようです。

2026年8月30日日曜日

 暑さが身にこたえるとはこういう事

 生きていることは日々発見とは言われますが、しかし、身に染みてわかりました。昔、東京以北の田舎に育った人間には、36℃なんて、人間の体温ほどになる気温ってほとんど経験しませんでした。いくら高くっても34℃くらい、冷房なんて扇風機だけでした。世の中は日々苛酷になっているのです。

 加えて、老化が進んでいるという不安が重なったら、私でも少しは本気になります。

 で、畑と草取りと、孫の夏休みと忙しい中ではありましたが、いろいろ考えて工夫してやりました。

 まず第一は食事。昔、ダイエットの時に、カロリー制限をしたり、石原先生の断食に触発されたりしていましたが、これらはすっきり忘れて、『腸漏れ』にならないように、便秘を改善して腸から栄養がとれるように、という思いから、その昔のダイエットで流行った、『一日30品目』を食べるようにしました。30品目というのは結構大変です。少しずつですが、手当たり次第に食べました。幸い夏は野菜が豊富で、毎朝トマト、スイカ、ブルーベリー、いただいたピーナッツはすぐに料理しました。煮物用の炊飯器も買って煮物は順調です。

 でもです。ダイエットどころか体重は少しづつ増加して、一か月たった今では2キロ増になってしまいました。確かに便秘はしなくなりましたし、めまいの兆しもあまりなくなりました。脳の血流も改善したのか足も以前よりスムーズに動く感じです。

 足腰は別メニューです。一日一時間の家にある4種の機械でのマッサージ、一日一時間のユーチューブ体操、ユーチューブ栄養学、ユーチューブストレッチ等々。ウオーキングはごみ捨て場に行く程度ですが、一時間くらい家の周りの畑仕事をしています。畑仕事も以前はめまいでフラフラになり、壁を伝って玄関まで帰ってくるなんてこともありましたが、今は無くなりました。

 そう考えると、やっぱり『腸漏れ』で栄養が吸収されていなかったのかなと思います。

 でも、一か月で2キロ増はまずいです。甘いものの食べ過ぎだと思います。いつも買ってきてくれる娘に感謝すべきでしょうか。

 あとは高血圧がまだ解決されずに高いままです。これってユーチューブ医療の解説で見ると、『血管の石灰化』というのもあるみたいです。

 来月は減量と石灰化防止のためにマグネシウムをとること、納豆を食べること、魚を食べることですね。また忙しくなります。

2026年8月10日月曜日

 またヨガを始めました

 この頃、一挙手一投足に動き辛さと痛みを感じるようになってしまいました。

 これ、老化現象らしいです。つまり血管が固くなっていて、血液がスムーズに流れないらしいです。これ、ユーチューブ勉強ですが、症状が当てはまるのです。

 足の冷え、高血圧、便秘、もの忘れ。これくらいは大目に見ていたのですが、更に体の動きが悪くなり、時々めまい、何をするのもおっくうとなってくると、だんだん実害が出てきます。体の動きは階段の上り下りや畑仕事に影響を及ぼしますし、めまいは運転と日常に自信を無くさせます。何をするのもおっくうは掃除、片付けがおろそかになります。

 要は日常できることが尻つぼみに少なくなっていきます。

 やっぱりこの辺で、生活をリセットしなきゃと、怠け者の私でさえ思いました。少しずつはやっていたのですが、もっと意識して大々的にです。でももちろんお医者さんは嫌いですので、自己流です。

 前にも書いたかもしれませんが、『腸漏れ』というのがあるのだそうです。つまり、腸が汚くなっていて、栄養が吸収されない。私は便秘に悩んでいるので、これは絶対にあります。それで、野菜を食べることにしました。私はみそ汁が苦手なので、これがなかなか難しい。今は自給のトマトができるので、毎朝毎晩食べていますが、これがなくなったらどうしようと思います。それで、冬に備えて、炊飯器をもう一つ買うことにしました。炊飯器で煮物ができるのだそうですか。

 次に高血圧、血管を柔らかくすれば治るのでしょうか。ストレッチをすれば血管も伸びるというユーチューブ動画がありました。ちょっとのストレッチでいいのだそうです。でも効き目はすぐに失われるので、細かくちょっとづつ続けることが大事だそうです。

 それで、昔見ていたヨガのユーチューブ動画を思い出しました。再度登録動画にしました。今はヨガの教室に行かなくっても毎日先生とヨガができるのですからいい時代になりました。もちろんほかのストレッチ動画も混ぜ込みます。

 私は意外と記録魔ですので、この夏は記録も取ります。

 この夏は、私でさえ熱中症になるほどの暑さでしたから、なんとか改善、克服したいと思っています。本気です。

2026年7月26日日曜日

 今年の夏は

 梅雨明け間近の熱波で、ほとんど熱中症状態で、免許書き換えの高齢者講習、認知症試験を受けに行ってきました。

 頭ふらふらで、もの忘れも多く、自信はありませんでした。前回、75歳になろうとしていた時に受けた記憶力の試験は一個しか間違わなかったと、ずっと自慢の種だったのですが、今回はすごくおとなしいと自分でも自覚していました。

 違う試験場だったので、試験の形式も電子ノートを使うもので、前回紙を使った時より採点が簡単らしいです。

 でもです。私、半分くらいしかできませんでした。ちょっとショック。試験は自分と電子ノートとで相対峙して、どんどん進めて行ってもいいと言われていたのですが、悔しくってなかなか進みません。そんな中、すぐにノートを返却して終わってしまった人がお隣にいました。「ええ」というくらい早かったです。

 待ち時間が長かったので、その方とお話しする時間が結構持てて、三年ごとの高齢者講習で三回目だと言っていました。ということは、私より三歳年上で、私が77歳ですから、80歳になられるわけです。おしゃれで、ズボンとシャツと鼻緒草履という夏の定番スタイルの私とは雲泥の差でした。

 縫い物が好きと言っていたので、もっぱら洋服の再利用をしている私も「毎日やっているんですよ」と話が合いそうに思えたのです。でも、吊るし雛とかの手芸の方でした。教室を持って教えていると言っていました。そこで話は終わり。

 次に「毎日忙しい」という話。聞けば娘さん一家と同居で、働いている娘さんに代わって、お孫さんの送り迎えもしていて、耳の遠いご主人とみんなの分の食事を作っていると言っていました。その買い出しのためにも車の免許はどうしてもないと困るのだと言っていました。

 次に、「年金生活者で、独立した娘一家の来訪が大変な出費になるとユーチューブに書いてありましたけど、うちもそうなんですよ、この頃は弁当を持って来いというんです」と私がいうと、やっぱり離れて住む娘ご一家もいるみたいで、「本当にそう。大変な出費ですよ、外食なんかできませんから、全部、私が作るんですけど、大きい男の子もいるから大変」。でも「料理は嫌いではないですけどね」と付け加えていました。

 『それか』と思いました。

 スタイルもいいし、耳が遠くなったと言うご主人も元気、仕事もしていて自分も元気。その上にこの大活躍、『食事がきちんとしているのだろうな』と思ったわけです。恥ずかしながら、庭で採れた野菜でさえどう料理していいかわからない私とは大違いです。

 今思えば、ご主人は『不動産業』と言っていたので、賃貸収入とかあって、ただの年金生活者とは違うのだろうなと、思い返しました。

 それでもこの忙しさは私の2倍にはゆうになるだろうと思われます。「忙しい、忙しい」と愚痴ばかり言っている私とは大違いです。少し反省して、体を動かすように、脳のために野菜料理を食べるように、努力目標がまた広がりました。

2026年7月14日火曜日

 栃木の湯

 私はほとんど毎日車に乗っています。それもロングドライブではなく、あそこに買い物、ここに孫送り、歯医者さんとか、細かい用事ばかりで、そこに来て梅雨による気圧の変動、台風、暑さ寒さの変化、冷房の効きすぎ、睡眠不足、高血圧とか、いろんな要素が重なったのでしょう、腰が痛くなってしまって、昔の古傷の痛みも、例えば、ひざとか、肩とかいっぱい出てきてしまいました。ユーチューブ体操ももちろんしているのです、でもとても追いつかないくらい足腰肩が硬く、痛くなってしまいました。それでも用事は待ったなしです。

 車に乗りすぎると腰を痛めると聞いたことがあります。例えば長距離ドライブをする人はコルセットをしていると聞いたことがあります。これかと思いました。

 それで、ここに来て、月に一、二回娘の普通の日の休みに合わせて、栃木のお風呂に入りに行きます。隣県の栃木には温泉がいっぱいあって安いのです。運転をして付き合ってくれる娘は野菜を求めて「買い出しだ」と言っています。

 面倒くさがりの私はお風呂は好きな方ではなく、いつも『もう出ようか』『もう出ようか』と考えていますが、週日の空いているお風呂は、気持ちにゆとりを持たせ、誰かにちょっと声をかけてみたくなります。見渡せば、みんな同じ年代の人達のように見えます。

 前回、露天風呂で話をしたのは普通の体形の方でした。日傘の下に入りたいからと近づいて来られました。いつものように「茨城から二時間かけてやってきた」と自己紹介のような形で言いました。彼女は「軽トラックで荷物の運送をしていたので、茨城を通って千葉までよく行きました」と言いました。長年仕事をしてきて今は引退といった様子でした。

 そんな話からか、私はもうすぐ免許証の書き換えがあり、認知症の試験まであるのだといつものように不安と愚痴を漏らしたのです。

 「大丈夫ですよ」と彼女は言いました。「そんなに厳しくないから普通に答えていれば合格しますよ」。彼女の自信に満ちたアドバイスには長年の仕事の経験があったのでしょう。私は思わず、「私と同じ77歳くらいですか」と聞いてしまいました。「とんでもない、85歳です」と言われて、その体型といい、長年仕事をして来たという自信に満ちた話の仕方といい、あまりの立派さに面食らって、「私はそろそろ出る時間かな」とか言いながら、逃げるように出てきてしまいました。

 そうそう、運動の話もしていました。毎朝一番に近くを一周歩いて、それから野菜の水かけをし、温泉にはほとんど毎日のように来ている、市民(県民)だと優待があるのだと言っていました。

 今回、お話をしたのは、ちょっと小柄な方でした。更衣室で、私は飲み終えたコーヒーのパックを捨てようとキョロキョロしていたのです。その方は何も言わないのに気づいて、近くの見えづらいごみ箱を教えてくれました。世話好きさんのようでした。

 やがて着替えを始めた彼女は背中のあたりが引っかかっていて降りて来ないので助けを求めに来ました。そんなこんなで話し始め、彼女が戦後生まれであまり戦争の苦労をしなかったといっていたのを機に、「私も23年だから戦後生まれです」ということから話が進みました。彼女は22年生まれの一つ年上、私達はいわゆる、大人数世代の団塊の世代に属していたのです。

 育った環境も実家が農家だったこと、と同じようでした。その時彼女が言ったのです。「あの頃、よく『物貰い』が来たよね」。ちょっと私の地方と彼女の地方の呼び方の違いがあったせいか、最初は何のことかわかりませんでしたが、やがて、そういえば、と思い出しました。家の入口に週に一、二度くらいで食べ物をもらいに来る人たちが確かにいました。「うちのおじいさんがね、あの人たちは本当に困っているのだから、塩をつけたおにぎりではなく、味噌を付けたおにぎりを上げなさいと言ったというので、うちの母はいつも味噌をつけたおにぎりを上げるようにしていたと言っていたわ。」

 その時、私はとても感動していたのでしたが、うちではおにぎりなんか上げていたろうかと考えて、返事もできないまま、ただうなずいていました。そして彼女がもう一度その話をした時、「立派なおじいさんでしたね」と言いました。

 彼女は満足げに「味噌をつけたほうがおいしいでしょ」と言いました。

 この時も私は思い出せませんでした。今思えば、うちではお茶碗一杯くらいのお米をおこもさんの持ってくる袋に入れてあげていたような気がします。

 古い時代のこんな家庭教育の話、今、話す人も思い出す人もいないでしょうね。

2026年7月10日金曜日

 トランプさんの真実

 第一次政権のころから、私も今は亡きアメリカの友人も絶望的なくらい低評価でした。きっとみんな同じように考えていたのでしょう。連続で政権をとることはできなくてバイデンさんにとって代わられました。

 四年後の第二次政権、皆さん「ええっ」でしたよね。最初からトランプさんも気合が入っていたのでしょう、やりたい放題、言いたい放題で、『これでアメリカは』と思っていた人が多かったのではないでしょうか。

 特にみんなが支援しているウクライナの大統領を人前で侮辱していて、侵略するロシアのプーチン大統領を親密にもてなしているのです。本当に『これがあの信頼しきっている民主主義の盟主アメリカか』と絶望的な気持ちになりました。

 そんな気持ちで2年間、ウクライナも私も耐え抜きました。

 それがここに来て、敵対視する中国を叩くという名目で金ずるになっていたベネズエラを叩き、核の脅威を取り除くという名目でイスラエルに同調してイランの深部を叩きました。イランは言わずと知れたロシアの援助国です。

 「グリーンランドをよこせ」とか、「カナダは51番目の」とか言いながら、実際やっていることは中国とイランというロシアの支援国を実力で締め上げているのです。さらに今回のNATOの会議ではバイデンさんが止めていたロシアへの深部攻撃に賛同しました。

 ここまでくると、『これは』と思った人は私だけではないんじゃないでしょうか。

 生まれながらの勝負師なんじゃないかと。

 しかし、それを大声で言うとロシアが警戒するので、だれもが声を潜めて、『トランプさんはもしかして』と思っているのではないでしょうか。もしかしたらノーベル平和賞に選ばれるかもしれませんよ。それよりも大事なことはトランプさんの勝負に勝つことかもしれません。よく「ディール」という言葉を聞きますが、ディールって取引のことだと思っていましたが、勝負という感覚なのかもしれません。ますます目がはなせません。

2026年7月8日水曜日

 モンシロチョウがひらひらと

 趣味と実益を兼ねた空き地菜園の話をすると、ネタが尽きないのですが、先日小学生がモンシロチョウを追いかけて虫かごに入れているのを見まして、もしかしたら、これは大人が知らずに教えている害虫駆除の行動なのじゃないかと思い出されました。昔やったのですよね、私も。

 一番そう思ったのは、イナゴ取りです。イナゴは食べられると言われましたが、一度も食べたことはありませんで、田舎だったので、収穫シーズンにはいつもイナゴ獲りをして親の仕事の傍らで遊んでいました。

 他にはタニシ拾いもしました。これは食べられるし、よく食べましたが、これも増えすぎると有害なのです。

 そしてこのモンシロチョウ。わが家の菜園では、梅雨の合間にひらひらとよくやってくるのです。最初のころは「おやモンシロチョウ」などと、歓迎していましたが、とんでもないのです。二、三日すると初めて蒔いて、育ってきたブロッコリーに青虫がびっしりたかって、葉っぱを穴だらけにしているのです。葉っぱを穴だらけにする青虫のことは知っていましたが、特にキャベツなどの害虫だとは知っていましたが、まさかモンシロチョウの幼虫だったとは知りませんでした。今年キャベツは作ったのですが、冬だったので結構大丈夫だったのです。

 わが家は無農薬にこだわっているので、弟がしていたというように、一匹一匹つまんで下に落として踏んづけています。かわいそうなどと言っていられません。人間は残酷なものです。でも青虫も残酷です。後から植えたわが家の小さなブロッコリーの半分は、葉っぱなしです。踏んづけられた青虫をアリが大挙して運んでいきます。

 こうなったら生きるか死ぬかの戦いです。私は闘っていますけど、でもちょっと、人生に対する失望感もあります。

 昔、会ったことのあるスリランカの女性学者さんは、家畜のト殺を見て、肉が食べられなくなったと言っていました。痩せた人でした。

2026年7月3日金曜日

 ドラマはもう

 見なくなってしまいました。

 前にも書いたことがありますが、大好きだったんです、若いころは。どんなに忙しくっても一日一ドラマを見なければ眠れないほどでした。特に英国ドラマは歴史もあいまって重厚で、華やかで大好きでした。

 でもこの頃は、テレビも切ってしまいましたし、ユーチューブを見始めると、次から次へと新しいニュースや知ってる顔が出てくるので離れられなくなってしまいます。よって、ドラマに割く時間が無くなってしまうわけです。

 正義感に燃えて立花さんを応援してしまう事は、ドラマの勧善懲悪に同調するのと似ています。どうして世の中にはこんなに悪い人が多いんでしょう。しかもドラマじゃなくってリアルです。

 ある日、中国の解説をしていた番組で、報道1930だったようですが、『2024/5/11 -去年中国で4つのことをしない若者を“四不青年”と呼んでいた。即ち“恋愛しない”“結婚しない”“子供を産まない”“家を買わない”という若者が増えている ..』という内容を見たとき、いろいろな思いが沸き起こってきました。

 つまり、子孫を残さないという選択です。人生に対する絶望と否定です。

 私にも少しは理解できるのです。私は、程度はあるものの対人恐怖症ですから、人に対して何かをしてしまったらどうしようという恐怖が、いつもどこかにあるんです。そういう人、ひそかに多いですよね。バカまじめで人生を謳歌するなんてできないんです。

 前に書いたことがあると思いますが、この時、あるイタリア映画が思い出されたのです。『道』と『木靴の木』です。

 『木靴の木』は貧しい小作人の一家の物語でした。幼い息子が「木靴が壊れた」と言います。お父さんは「心配するな」と言います。ある夜、お父さんは暗闇の中、川辺の木を切って、靴を作ってくれました。でもその川辺は地主さんの土地で、気づいて怒った地主さんは一家を小作人小屋から追い出して解雇してしまいます。地主さんの権力には誰も逆らえない。一家は見送りもなく、静かに出て行くしかなかったのです。

 『道』は少し障害のある娘の話です。大道芸人に買われた娘はそれなりに楽しく働いていたのでしょう。ところがあるハプニングがあって、人を殺してしまった男は、知ってしまった娘が煩わしくなって『道』に置き去りにしてしまうのです。時が過ぎて、劇団を率いて戻ってきた男は、土地の人に聞くのです。土地の人は彼女のことをよく覚えていて、いくら誘ってもその『道』を離れようとしなかった。最後はそのまま死んでしまったということでした。その男が泣いたなんてことはどうでもいい、私は『もっといい男が誘ってくれていたのになんでついていかなかったのか』と歯噛みしたものでした。そこで彼女の障害のことが思い浮かんだのです。彼女は動けなかったのです。

 そうすると水上勉氏の『離れごぜおりん』が思い出されました。これも前回書いたパターンと同じです。手引き人を失っためくらのおりんは海の見える、または潮風を感じる松林の中に衣類だけが残されていたそうです。

 人は人に対してもっと優しく接しないといけないと自戒します。プーチンさん、習近平さん、もう引き返せないのでしょうが、人を思いやる政治家になってほしいと思います。ユーチューブを見ているみんながドラマの主人公のようにあなた方を見ていますよ。

2026年6月16日火曜日

 トップは女性がいいと思うけれど

 高市総理のご活躍を見ていると、なんだか、お母さんが必死に家族を守ろうとしているようで、ありがたさを感じるとともに、「どうぞお元気で」と願わずにはおれません。

 いま、イラン戦争で、石油が来るか来ないかと不安なときでさえ、物価は高くなっているけれど、何とか安心して家計を回していけるのは、ガソリン価格が安定し、日常があまり変わりなくやっていけているからだと思います。

 支える大臣方も、皆さん優秀で、適材適所で、本当に高市さんは『人を見る目があるんだなあ』と思わずにはいられません。

 それで表題に来るんですけれども、今潤沢な都の予算を使いすぎていてリコール運動を起こされている小池都知事はどうだろうかと思ってしまうのです。

 小池さんには学歴詐称問題もあります。どちらかというと、度胸で世間を渡ってきたという感じです。生い立ちを言っては失礼ですが、一寸破れかぶれのお父さんだったように聞いています。だから、いくら優秀でもエジプトになってしまわれたらしいです。

 共働きとはいえ、普通のサラリーマン家庭に育った高市さんには地に足の着いた、普通の、いわゆる常識という砦があるように感じます。特にお母さんが警察官だとなると、悪いことは悪いと思う心が育っていると思います。

 だから、男だから、女だからというのではないのですよね。男性でも優秀で正義漢のある人はたくさんいます。でも男性ではわからないのは、生活者の目線です。その目線があれば、調子に乗って夜の会合なんかにはあまり行かないでしょうし、調子に乗って大盤振る舞いをして、破綻することもないと思うのです。

 石破前首相がよく引き合いに出されるのですが、いい反面教師となっていると思います。男性でも女性でも、トップになりたいという野望だけでなく、経済もわかる外交もわかる軍事もわかる社会問題も、人事もわかる、かつ常識的という能力は必要不可欠なのではないでしょうか。

 とにかく、日本の首相が高市さんで本当に良かったと心から思います。お体大切に、長期政権でご活躍されますように。麻生さん頑張ってください。

2026年6月14日日曜日

 ユーチューブ サスペンス

 いつものように、ユーチューブを見ていたら、軍服を着た男性たちに一人遅れて必死に走るちょっと小太りの女性兵士がいた。タイトルを見ると、『緊急発進、女性パイロット』となっていた。今そのタイトルで探して見ても出て来ない。

 みんな大きな飛行機に向かって走っているのだ。正に緊急発進しようと、その準備をしようとしているらしい。皆さんタラップに駆け上り、最後に女性もさほど送れずに駆け上り、カメラさんもあとから駆け上り、中を写すと、それは輸送機で、中はきれいに空っぽの空間が広がっていた。よく見ると壁際にたたまれた椅子が引っ付いていた。その分、床はがらんどうだった。戦車も入るくらいに見える。

 カメラさんはあちこち駆け回って撮影していたのだが、コックピットでは二人の操縦士が話しながら準備をしていて、あちこちを推したりさわったりしながら確認を進めていた。彼女はパイロットではなかったのかと思う。

 次に若い兵士二人が、タラップを力技で持ち上げて、うちにしまう。これは扉の代わりもしているらしい。次に例の女性兵士が扉の一つを閉める。もう一つを閉めた男性が階段を上がって席に着く。女性兵士は壁に引っ付いた椅子を下ろして座る。

 コックピットの準備も整ったようで、飛行機は徐々に動き出した。

 次に出てきたのは空中の映像で、戦闘機が近寄ってきていた。空中にホースを出しているところを見ると、名前だけは知っている『空中給油』というものかもしれないと推察する。

 そのホースがなかなか戦闘機の穴にはまらない。それが後半延々と続く。誰が操作しているのか、説明はない。男性の顔がよく映っているが、彼女らしき顔も映し出されている。

 最後になんとかホースが穴に入って、二人が安心したような様子だった。もしかしたら、彼女は本当にパイロットで、『空中給油』もパイロットの仕事なのかもしれないと思えた。映し出されていた男性は指導教官なのかもしれない。

 『AIR FORCE』と機体にあったから、アメリカ空軍に違いない。

 緊迫のユーチューブを見終えて、『これは本当にサスペンスだ』と思った。説明は一切なく、自分で想像しなくてはならない。

2026年6月7日日曜日

 ヤフーメールに届くお金請求メール

 ヤフー大好きなので、困っています。いつのころから届き始めたのか、最初は「ええ、どうしよう」という感じでしたが、全く身に覚えはありませんでした。

 最初は、アマゾンとかヤマト運輸とか、一寸は関係のあったところの名前だったので、本当に「ええ、どうしよう」でした。特に、ネットショップで商品を買った後に、運送業者のヤマト運輸名で来ていた時は、返事をするべきかどうしようかと迷いました。アマゾンでも買ったことがありましたので、さて、返事をするべきか、開いてみてみたりしましたが、こちらからは出しませんでした。

 そうこうしているうちに、取引のない銀行の名前で来るようになったのですから、もうバレバレです。

 ヤフーさん、このところ、ライン登録してくださいとしつこく言ってくるのですが、知識のない私は、これ以上ややこしいというか、高度なというか、機能を求めていないのです。通信が出来さえすればいいだけの話ですから。

 娘のところにも変なメールが来ると言っていましたから、私だけではないのです。

 でもスペシャリストのはずのヤフーさんがどうしてこれを撃退できないのでしょう。評判を落としてしまうでしょうに。

 私は用心のためにGメールにも登録していますが、そちらには迷惑メールとして処理される宣伝メールは来ますが、さすがに、いかにも正当なメールであるかのように装ったお金請求メールは来ません。

 ヤフーニュースもあったりして、私は、本当にヤフー大好きなんです。天気予報もヤフー天気ですし、他にもいろんな情報が詰まっていて、こんなに便利なのに、悪い人はいるのですね。『貶めなくってもいいじゃない』と思います。

2026年6月5日金曜日

 ヒトメタニューモウイルス

 『日本国内では例年3月〜6月にかけてピークを迎える傾向があります。インフルエンザ(冬)やRSウイルス(夏〜秋)とはずれた時期に流行するため、』

 『ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV)は、2001年にオランダで初めて発見された呼吸器ウイルスです。RSウイルスと同じパラミクソウイルス科に属し、乳幼児の気管支炎や肺炎の原因として知られていますが、実は成人にも感染します。

 特に高齢者や基礎疾患のある方では重症化するリスクがあり、近年は世界的に注目が高まっています。2025年初頭には中国で大規模な流行が報じられ、日本国内でも認知度が急速に上がりました。』

 娘が「pm2・5ではなく、これではないか」と言い出しました。流行っていたのだそうです。

『発熱(38℃前後が多いが、高齢者では微熱のこともある)

咳(乾いた咳が長引きやすい)

鼻汁・鼻閉

咽頭痛

倦怠感

喘鳴(ゼーゼー・ヒューヒュー)

症状だけではインフルエンザやRSウイルス、新型コロナウイルス感染症との区別が困難です。「風邪が長引いている」「咳だけがなかなか治らない」という場合に、hMPVが原因であることも珍しくありません』

 まさに6月に入っても咳や鼻水が止まりませんで、薬嫌いの私もついに毎日漢方薬の風邪薬を飲む羽目になりました。

 そこに来て、台風来襲前の高温とその後の低温。血圧が一気に上がって250を記録。頭ふらふらで、薬屋さんに高血圧の薬がないかと聞きに行き、2000円で14錠しか入っていないサプリメントを買って急いで飲みました。

 娘によると、テレビで、「台風後に高血圧で病院に行く人が多い」と言っていたそうです。「朝4時ころ救急車が来たよ」とも言っていました。

 どうしたらいいのでしょうね。常日頃からもっと体調管理をしていないとだめということでしょうね。特に私は病気にならないのが自慢だったのです。他の人の風邪とか、「うつらない」と自慢していたのです。だから、便秘とか、血圧が常に高くっても、あまり気にしていなかったのです。

 これからは反省して、高いサプリも買って、ケアしていかないとだめですね。

2026年5月31日日曜日

 明日から6月

 大興奮の大型連休で始まった5月も最後は30度超えの天気と近づきつつある大型台風、得体のしれない咳と貧血気味の日々で終わろうとしています。

 こんなに天気と体調が密接に関係しているなんて、昔は考えたこともありませんでした。これは私自身の年齢のせいでしょうか、それとも私の周りの環境が本当に変わってしまっているからなのでしょうか。県内の山火事もおよそ一か月ぶりに鎮火したようですし、空気、変わっていますよね。そういえば、ロシアやアメリカで山火事が起きるのはこれからの季節ですよね。戦争でこれだけ石油が燃えると、誰も環境汚染なんて言わなくなりました。わが家のガソリン車の軽なんてかわいいものです。でもこれがアレルギーにつながるのです。

 痛しかゆしです。

 さて、明日から6月。五月病の教訓を胸にさわやかな初夏を迎えたいと思います。

2026年5月24日日曜日

 ユーチューブ勉強、石原結實先生のお話

 久しぶりに石原結實先生のお話を真面目に聞いてしまいました。ユーチューブ勉強は体操や食事、農作業などいつもたくさん見ているのですが、あまり関係ないと思うと飛ばしてしまいます。でも今回は脳梗塞の話だったので、引き込まれてしまいました。

 脳梗塞は私の身近でも何人も経験しています。亡夫も義兄も亡き父も一度は発症して入院した経験があります。みんな私くらいの年代の時です。

  先生のお話は、「昔は脳溢血が主流だったが、今は脳梗塞になる人が多い」というもので、私も心の内で「そうそう」と相づちを打っていまして、そこから引き込まれて行ったのです。後からわかるのですが、先生は私と同じ77歳だそうで、同じ時代を生きてきたのです。

 食事の欧米化とともに欧米型になって行ったということでした。

 さらに、「朝の6時ころから10時ころまでが要注意時間であり、なぜならその時間帯に自律神経が副交感神経から活動のための交感神経に代わるからである」ということでした。血圧も上がり始め、低かった体温も上がり始める時間だからだそうです。正にめまいの発症しやすい時間帯です。

 で、予防法としては、体温を上げることを提唱されていました。昔の人は36度以上あったが、今の人は35度台から36.2くらい、これを36.5度位まで上げることが望ましいということでした。

 私も寒い時期は35度台でした。先ほど測ったら、36.2度、多分夜だからでしょう。朝測ったら、多分35度台でしょう。

 そのためのショウガ紅茶なども紹介されました。

 『なるほど』なのです。多分、私がアレルギー体質になったのは、この体温の低下も関係しているかもしれません。食事の嗜好は全く欧米型ですから。便秘も足腰の老化も、そして脳の老化も、老化は体温の低下と共におこるのかもしれません。

 石原結實先生は断食の先生として有名ですが、本当は漢方の先生だったのだと改めて思いました。

 昔、聞いた腹巻の話以来、おなかを冷やさないようにと着るものには注意していますが、今度は内側から温める方法を考えなければならない様な気になりました。

 まず、野菜を多く食べるようにしようと思います。昔の人のように。

2026年5月15日金曜日

 五月病の正体、頭ふらふらの真実

 一日だけ、「ふらふらが治った」と言った日がありまして、きっと便秘が改善しているせいだろうと思っていたのです。

 そしたら昨日、外で水やりをしていた時、咳が止まらなくなってしまいました。急いで家に入ってうがいをしたら、むせて気管に水が入ってと、苦しい思いをし、そのあと、布団に入って寝てしまいました。『昨夜眠れなかった』という思いもありました。

 また始まったと思いました。そういえば『昨日から便秘だった』と、起き出して、ほとんど毎日飲んでいる、便秘にいいと言われている乳酸飲料を飲みました。『これで明日は出るだろう』と高をくくっていたのです。でも、排便の気配もなく今日で三日目です。

 『じゃあ、花粉かしら』と思いました。

 昔は老人は花粉症にならないと言われていて、私もそう思っていたのです。ところが、十数年前からマスクが手放せなくなり、やっぱり、花粉症になってしまいました。コロナも終わって、『マスクともおさらばできた』と、この頃は、花粉の季節以外はマスクなしの自由を楽しんでいました。

 それがです、『マスクをまた作らなきゃ』と思いました。

 身近にアレルギーの人がいるので、私は毎日、花粉とPM2,5、黄砂の値をチェックしています。それによると、花粉はほとんど終わっています。そして、黄砂もほとんど来ていません。PM2,5だけが、一日を挟んで、2,3日ずつ断続j的に来ています。そんなに色こく表示されていないので、あまり影響はないだろうと高をくくっていましたが、これが、私の症状に一致したのです。つまり、一日だけ『ふらふら』がなかった。

 『ふらふら』はないようですが、同じように体調不良の娘は、「スギ花粉の後の稲花粉だよ」と言いますが、稲にはまだ早い。

 そこで、PM2,5の症状というのを見つけて、『やっぱりこれだ』と思いました。

『黄砂・PM2.5で体調不良?花粉じゃないのに頭痛・めまい・鼻水が出る理由と対策

2月4日

◆ はじめに 春先だけでなく、秋や冬でも飛来する PM2.5 や 黄砂。「最近、頭痛やめまいが増えた」「鼻・のどがムズムズ・イガイガする」「耳が詰まる感じが取れない」そんな症状が、実は“空気中の微粒子”と関係していることをご存じですか?』というタイトルでした。 『これだ』です。私の症状にぴったりです。この方は『耳鼻咽喉科』のお医者様のようですが、私は他にも目薬を毎日つけています。

 これが正体だとしたら、流れてくる発生源の中国西北部の、真っ赤に彩られた地域の皆様はどうしているのでしょう。偶然か、地図上で見ると、黄砂の発生個所と微妙に一致します。産業の発展はうれしいことですが、実態は悲しいことになっていないでしょうか。

2026年5月10日日曜日

 五月病

 血管年齢を計るとたいてい67歳と出るのです。それ以上は出たことがないので、最高で10歳若く出るようにしているのかなと疑ってしまいます。

 でも現実はそうじゃないのです。

 第一に、横になっていて起きるとめまいがします。毎朝、昼間も時々。昔、運転中に貧血が起きそうになり、困った話をしましたが、対策を考えて、ふらふらしたら、近くに止めることにした話はしました。そのおかげか、首回しなどをして用心しているせいか、この頃運転中は無事です。

 でも、フラフラはいつでも起こり得て、歩いていても起こります。暖かくなって、農作業も忙しくなると、やっている最中にフラフラ、貧血。やっとの思いで家の中までたどり着いたこともありました。

 それほどひどくなくても、常にフラフラの気配はあって、この間は低い石垣なので降りられるだろうと思いましたが、ヨロっとして転んで、尾てい骨の横をしたたかに打ちました。ちょっとずれていたので、大事には至りませんでしたが、座ると「痛い」と叫びます。

 4、5年前は脚立の上に立って作業をするのも全然平気だったのに、今は無理だとわかります。とても安定していられないのです。どうなってしまったのだろうと思います。

 徐々にこうなったのですよね。最初に転んで右ひざを痛め、やっと治ったと思ったら、おなかの具合がおかしくなり、やっと治って、筋トレをして、痩せて、旅行にも行け、万歳と思っていたら、寒いときのストレッチで、左ひざを痛め、だいぶ治って、昨年は右の五十肩が痛いところに脚立から落ちて右わき腹をしたたかに打ち、もう脚立には乗らないと決めて、脚立は洗濯物干しにしてしまいました。

 そんな中で、今年はこのフラフラです。これが老化というものでしょうか。

 五月だから五月病? そういえば今年班長さんになって会費を取りに来た近所の奥さんが、「ふらふらしますよね。寒暖の差が大きいし、気圧も関係してますよ」と言っていました。「花粉は終わったけれど、PM2.5がひっきりなしに来てますからね」と私も言いました。よく聞くと、55歳だそうです。55歳でも起こるのです。老化だけじゃないかもしれないとも思いました。

 だからまた、原因をいろいろ考えて、対策を考えてしまいました。

 まず、耳の三半規管が弱くなっているのだろうと考えました。目もはっきり見えていないことに慣れてしまっているのだろうと思います。メガネは老眼用と紫外線防止と今や大変なメがね持ちです。そして便秘持ちです。

 以前、頻尿で夜トイレに3、4回行くと書きましたが、特に便秘でフン詰まりの時に多いような気がします。そこに来て娘が『腸漏れ』という言葉を探してきました。

 聞いたところによると腸が汚れて機能しなくなっていて、栄養が吸収されないという状態を言うらしいです。

 知識がなくっても私は『これだ』と思いました。3、4日に一度の便秘なんですよ。その原因は何ですか。汚れて、機能不全になった腸が働かないからです。これが働くようになって、栄養をきちんと体に回したら、ふらふらする頭も、動きづらくなった足や肩関節も、もの忘れ加減の頭も、もっとしっかりして、若いときとまではいかなくっても少しずつリカバーしていくのではないかと考えたのです。

 さあ、後は実験あるのみ。

2026年4月27日月曜日

 政治の話、高市政権の違い

 ある政治家の奥さまが、「世の中で一番面白い職業は政治家ね」と言ったとか言わないとか。

 おかげさまで、高市内閣の動きから目が離せなくなってしまって、毎日ユーチューブ依存症状態です。本当にテレビは見なくなりました。皆さん、まるでドラマのヒーロー達のように大活躍されています。それらがいちいち私たちの生活に直結しているので、ハラハラドキドキです。

 以前にも書きましたが、高市総理が当選したとき、「松下政経塾でどんなことを学んだか」というインタビューを見たことがあって、「訪問販売の実践の課題があって、その時、こういう風にしたんだよ」と言う説明がありまして、それを聞いたインタビュアーが、「どの世界に行っても成功しているだろう」と言っていました。

 あれを見て、『確かに私にはできない』と思いましたが、同じ政経塾に学んだという『原口さんはできたのかな』とも思いました。なんでも面白がって、明るく前向きに進む人でないとできないことですよね。

 この度、高市内閣の他の内閣との違いを論じたユーチューブがあって、「今までの政治はどちらかというと調整型だったが、高市内閣は経営型の政治をしている」というようなことを言っていました。『だから皆さんあんなに生き生きと動いているのかな』と思いました。皆さん、日本を経営しているのです。

2026年4月8日水曜日

 断食は失敗しました

 そろそろ三か月過ぎという時期で、失敗を認めざるを得なくなりました。16時間断食に成功したダイエット整体師さんやユーチューバーのトヨキンさんは立派です。お二人とも見た目でよくわかります。

 私はだめでした。まず、ダイエットの後、なんでも食べられるという甘やかしは危険この上ありません。甘いものもたくさん、大好きな煎餅もたくさん。飢餓状態だからか、歯止めがきかなくなって、止められなくなってしまいます。ましたというべきですね。当然体重は元に戻りました。

 加えて、身近に、糖尿病性の意識障害を起こした人がいて、症状が私にそっくりなのです。その方は意識障害でしたが、私は頭のフラフラ、めまい、運動機能、主に、足の歩行違和感。物忘れ、ひざ痛、腰痛。前回認識したことがどっと押し寄せてきた感じです。一番のがっかりは治っていたはずのひざ痛が戻ってきて、腰痛が加わり、暖かくなったというのに足先が冷えるのです。短い期間に温泉に3回も行ってしまいましたが、治りませんでした。

 そうですよね、断食をしているのだから、大丈夫と、甘いものは食べ放題、最初は一日一枚と決めていた煎餅も、断食をしているのだから、大丈夫と、食べ放題。もともと高血圧で、ふらふらしていた頭は寝起きにも症状が現れ、平均180台で時によっては下がっていた血圧も190台に跳ね上がり、降りて来なくなりました。

 さすがに健康自慢の私も認めざるを得ませんでした。こりゃダメだと。

 その人は意識障害でお漏らしをしてしまうと言っていましたが、私の夜間頻尿は朝も入れると4、5回ほどです。眠れていないわけではありませんが、2、3時間おきにトイレに起きています。昼間もまめですが、昼間は起きているので、さほど目立ちません。

 そういうわけで、規則正しい食事時間として、12時間断食、朝昼晩6時間間隔の食事をしようと訂正しまして、標語も貼りました。

 『糖尿注意、甘いもの注意、せんべい注意、糖質注意、足に注意、弱気に注意』

2026年3月28日土曜日

 やたべのはなし、こまつのはなし

 水道屋さんが来てくれて、修理が始まり、一寸おしゃべりをする機会があった時、住んでいる場所が『やたべ』だと言いました。

 はて、聞いたことはあるのだが、『やたべ』ってどこだっけと、イメージがわきませんでした。隣りの市だと知ってはいるのですが、『はてどこだっけ』です。

 そのうち、年相応に年金の話になり、年金事務所の場所の話になりました。「こまつの坂の下だよ」と言われたのですが、『こまつ』がどこだか頭に浮かんできません。私が年金事務所に行ったときはそんなところではなかったのです。聞けば10歳くらい歳が離れていました。あとで、グーグルの地図で調べてみたら、新しい立派なビルに引っ越していて、『こまつ』町も、時々通る道沿いでした。よく見ているところなのに、『こまつ』と言われると

イメージで出て来なかったのです。

 『やたべ』もあとで思い出しました。隣りの市の古い町名で、真ん中に矢田川という川が流れているところです。そこも何度か通ったことがあって、思い出した今は川を渡る橋の周りのイメージが思い浮かびます。

 こういうふうに名前とイメージがつながらない、事象の名称が知っているはずなのに出て来ない。この間も『歩きがスムーズにいかない、疲れる、こういう症状をなんていうのだっけ、フレイルじゃなかったよね、なんだっけ』。娘に聞いてもわかるはずもなく、結局コンピューターで『歩行、休む』と入れて、『間欠性跛行(かんけつせいはこう)』というのを探し出しました。

 こういう事が続くと毎日の生活や車の運転が不安になります。これが正に老化というものなのでしょう。用事は忘れていないか、道順はどうか。

 どう対処したらいいか、考え込んでしまいます。

 前にも書いたかもしれませんが、『足は第二の心臓、腸は第二の脳』と言われているのをこの頃、身に染みて納得しました。

 便秘対策、ヨーグルトやサツマ芋の紅あずま、玄米を食べたり、一生懸命あれこれ考えて腸活をしていますが、この頃、私が苦手だった野菜と魚、こんぶやお肉、残り物なんでもごった煮にしてスープを作り、一日一回食べることを新しく加えました。

 足はこの頃、ひざ痛や腰痛などで、長距離を歩く気力がなくなったこともあり、短いユーチューブ運動を機会をとらえてやっていますが、それより、日常でよく動くように畑やDIYに力を入れることにして、塀の修理は完成しました。次は芝の防草シート張りです。

 高血圧や頭ふらふら、物忘れ対策は、あれやこれやと用事を詰め込まずに、やることがいっぱいあっても、出かけたときの用事は主たる用事の他に一つだけにする。計二つです。そうすると頭が整理され、運転も落ち着いてできるのではないかと思います。ここ二、三日そうしていますが、だいぶ楽です。

 花粉が飛び交い、PM2,5、黄砂などの影響も、気圧や気温の差に加わってきましたが、めげずに桜を見に行きたいと思います。

2026年3月27日金曜日

 血圧の話、血管年齢の嘘ほんと

  今現在でも、私の血圧は180-80です。なのでここ数年定期健診には行っていません。行くと必ず「お医者さんに相談を」と言われるので、お医者嫌いの私には苦痛この上ないのです。何度も話しますが、今は亡きお隣のおじさまが、「行って、血圧が高いと言われてもどうしようもない」と言っていられたのを参考にして、私も行かないことに決めています。ちなみにお隣のおじさまは94歳でボケもせず、亡くなりました。これ以上何が欲しいのかと思うほど自由に生き、最後は施設で、そのことだけは不満だったようですが、家族に迷惑を掛けなかったことは良しとしているでしょう。

 それで、血圧の話に戻りますが、私がその話をすると、いろいろな病気もちで病気に詳しい弟がいつも言います。「間がそれだけあれば大丈夫だろう」と。

 『間があれば』とはどういうことか、聞くこともせず、ひたすら弟を信じて、私は『大丈夫』と思っていましたし、思っています。

 でもこの寒さで時々200くらいに上昇すると、また、足腰が痛くなると、『本当に大丈夫か』とか不安になることもあります。そんな時でも下の血圧は100以下です。

 そんなある日、時々通る薬局で、血管年齢の診断機械に出会いました。それで、行くたびに測っていたのです。その時の体調にもよりますが、出る数値はたいてい私の年齢以下です。時には10歳も若く出て、大喜びしていました。なので、年齢相応という診断が出るとがっかりしていました。

 で、何回もやっていると、だんだん、これはどういう意味があるのだろうと気になりだしてきました。それで気が付いたのです。私は血管年齢は割と若いのだ、だから血管がまだ柔らかいので、血圧の上下の差が大きいのかもしれないと。

 『これ、硬くなったら終わりだな』とも思いました。『やっぱり便秘を治さなきゃ』と本気で思いました。

2026年3月26日木曜日

 狸の話

 私が忙しい要因の一つは、娘が一年半ほど前から夕方のアルバイトを始め、車をシェアしているために週に二度ほど娘の送り迎えをしているからです。

 私に似て、人との摩擦を嫌う性格の娘は職場に近い駐車場ではなくて、夜になると車がほとんどいなくなってしまう離れた駐車場を待ち合わせ場所に指定しました。なので、私も車が多くても三、四台、時によってはゼロ台しか停まっていない駐車場で、彼女が来るのを15分くらい待つことになります。退社時間からそのくらいの余裕がないと不安なのでそうしているのですが、そこは駐車場とは名ばかりで、沼地と雑種地の間の広い場所に砂利を敷いて明かりのポールを何か所かに立てただけものでした。

 一年前のある夜、山にも似た雑種地の近くに車を停めて、手持無沙汰に待っていた時、白いうさぎが左手の方にいるのに気が付きました。そろそろとカメラを取り出そうともぞもぞしている間に彼または彼女は車の真ん前を通って右手の藪の中に消えていきました。しばらく興奮冷めやらずです。

 またある日は二匹の、多分狸だと思うのですが、左手の沼地の藪の中から出てきました。しばらく話をしているように一緒にいたのですが、一匹は右手の山の方に入っていき、もう一匹は左の藪に戻っていきました。どんな話がなされたのか、気になりました。また、ある時は二匹とも右手の山に入って行った時もありました。

 そして極め付きは、停めた私の車の左横で、狸がおしっこをして去っていきました。それは確かに狸でした。

 また、ある時はオコジョのような小さな動物が走り去るのも見ました。それが最後だったと思います、待っていたのに今年の冬は一匹も見ませんでした。

 果たして、今年の初夏にはカエルの大合唱は聞かれるのでしょうか。

2026年3月18日水曜日

 三月は忙しい、今年は特に

 ダイエットは三か月目でだいぶ停滞してしまいました。幸いにも月に500グラムくらいの減少は続いているので、希望は持っています。「誤差の範囲よ」と後ろで叫んでいる人がいますが。

 結局、13時間断食で落ち着きました。コーヒー一杯で朝飯前の仕事をして、それも3月なので、畝や鉢を準備して種を蒔いて水をやる。今年はブラックベリーにも挑戦をしたい、どこにしようかと頭を悩ませています。

 そうして見回していると塀が壊れ始めていることに気が付きます。材木を買ってきてオイルステインを塗って、まとまった時間ができたらやろうという感じです。

 草取りは種まきの合間にちょこちょこしていますが、ちょっと厄介な問題が出てきてしまいました。芝が広がりすぎて道のほうにまで広がりだして、側溝の隙間から中に入りだして、急いで防草シートを買ってきて敷きました。少し枯れたら、芝を引っこ抜いて、そのあとに再度防草シートを敷き詰めようと計画して、さあ大変です。計画ばかりが目白押しになっています。

 さらに水の出が悪いので水道屋さんに修理を頼んでしまいました。

 そこに来て、ユーチューブの世界も気になることばかり。立花さんは塀の中で自己破産、NHK党も休眠、そして、浜田さんの京都府知事選や兵庫県の県議会議員選挙がもうすぐらしいです。

 高市さんは選挙も終わって、国会質疑もたけなわで、その間にトランプさんがイラン戦争を始めてしまいました。明日は高市さんの訪米です。

 それよりも気になるのがウクライナ戦争で、やっとウクライナが押し戻し始めたみたいです。なんとか奪われた領土からロシア兵に出て行ってもらいたいですよね。

 気になってついついユーチューブサーフィンをしてしまいます。

 忙しい忙しい。

2026年2月23日月曜日

 ユーチューブ先生 再び

 あれは何年前のことでしょうか、夫が亡くなったあとの年ですから、2021年から2022年ころの事です。山登りをしていて転んで右ひざを痛めてしまい、それこそ杖をついてびっこを引いて歩いていた時のことです。たくさんのユーチューブ先生にお世話になり、マッサージからストレッチ、運動、栄養、それこそ幅広く勉強させていただきました。あの時は二月ではなかったのですが、やっぱり治るのに一年はかかりました。

 そしてこの度、またチャンネル登録などさせていただいて、一日にいくつか勉強をさせていただいています。基本的には血管の強化ですね。確かに寒くなると血圧は上がるのですが、きっと血管が柔らかくて血行が良かったらそんなに上下しないし、冷えもしないのだろうと思えたのです。

 そういうわけで、一昨年やっていたようなトレーニングルームを使った筋トレなどではなくって、ストレッチ、マッサージ、風呂、ヨガ、栄養等々、目に留まるユーチューブにたくさん手を伸ばして、体と頭を働かせることにしました。

 ウクライナも高市総理も斎藤知事もワクワクしながら見ていて、応援をして生き甲斐を感じるのですが、それだけではダメです。衰え続けるわが身の改善の勉強をしなければ。

 前にも話しましたが、今回見ると、先生方がどんどん若返っているのです。ドラマの役者さんたちは一作ごとに歳をとっていくのに、ヨガの先生は全く変わらない体型とお顔でしたし、ダイエットの先生はキチンと体型を維持していました。ズボラ筋改善の先生も全く老けません。怠けていた私は傷だらけだというのにです。

 今回はこのほかに、便秘のチャンネルやリンパのチャンネルも登録して、一日何個見られるか、何回運動できるかわかりませんが、時間のある限りやっていこうと思います。

 今年の二月は五十肩も痛いのですが、温かい春が来るまでにはなんとか治したいものです。

2026年2月16日月曜日

 寒暖の差にご注意ください、頭ふらふらの真実

  昨日、寒波が過ぎて一気に暖かくなりました。そしたら、起き上がるたびにめまいがして、「これが、気象予報士さんが言っていたことか」と思いました。血圧も測るたびに乱高下です。

 『寒暖の差にご注意ください』、よく聞くフレーズでしたが、今までその意味をあまりよく考えませんでした。せいぜい、雪崩に対する注意などかと思っていたのです。

 今までも、高血圧の私は「低気圧だと血圧が下がる、高気圧だと上がる」とか言って、さも真実を発見したかのように鼻高々でした。

 これが温度でも起こるのだと知って、これは震撼物です。

 というのも、私は運転するのです。人も載せます。そして、実は今回が最初ではないのです。ここ2、3年、季節は覚えていないのですが、運転中に頭がふらふらして、『どうしよう』と思ったことが年に1、2回はありました。その時は首の運動などをしてなんとか持ち直しましたが、次回は道の端にとめようと対策を考えていたところでした。『亡夫は74歳で運転免許証を返納したっけ』と何度か思いました。私も来年は78歳の免許更新です。『でもね、上の娘がアレルギー持ちで運転をしないのです、私がするしかない』。88歳の義兄も足を奪われるのを恐れて、まだ運転をしています。

 ユーチューブ先生に相談して「対策を考えなければ」です。これは基本的なストレッチですね。それから頭や耳のマッサージ。それくらいしか思い浮かびません。

 それと、この季節、花粉が飛び始め、PM2,5、黄砂にも注意です。こちらの方は昔から気にしていたのですが、寒暖の差には気が付きませんでした。

 これが二月の真実ですね。『寒さの付け』が回ってくるのです。

2026年2月15日日曜日

 2か月後、2月半ば 2月の真実

 怠けながらの断食、ときどき玄米食、毎日紅あずま、そして便秘と下痢と乳酸菌等々、試すことは沢山あり、飽きずにいろいろやっていますが、この2月という寒さは侮れません。

 今まで吐いたり、ケガをしたり、ふらふらと落っこちたりしたのは、この二月前後の寒さの中でした。

 で、いろいろと言い訳をしながら、結局二か月目は体重増減なし、それだけ自己防衛本能が強かったということでしょうか。でも、一寸食べ過ぎて、胃がおかしいと感じられるこの頃です。

 まさに『春よ来い』です。暖かくなったら、血圧も下がるだろうし、父が言っていたように体が動きすぎるくらいに軽やかに動けるのではないかと思うのです。

 こんなに春が楽しみだと思えるのは初めてです。

2026年2月10日火曜日

 肝臓と寒さと空腹の話

 この一週間寒波襲来で、選挙だというのに雪が降って、今日もまだ寒いです。

 寒いと体が動きません。そしてお腹が空いて多分エネルギーが必要なんだろうと食べてしまいます。そういえば、冬は太ると誰かが言っていた気がします、私は夏が太るのだけれど。

 与太話はこの辺にして、一二三キロから六〇キロ台になったというユーチューバーのダイエット整体師さんのお話によると、一二三キロのころは健診のたびに脂肪肝ですと言われていたということでした。ということは脂肪肝というのは特定の病気の名前じゃなくて、数値が指し示す状態のことなのでしょうか。六〇キロ台になったら数値は正常値になったと言っていましたから。つまり、太っている人は皆、脂肪肝なのでしょう。これが続くと、肝硬変、肝がんに進んで行くのでしょう。

 もう一つ、この間、牛のもつ煮を作っていて、最初に湯がいて脂肪を落としました。そのお湯を台所に流して、それから味をつけて煮込みます。しばらくして、洗い物をしたら、水が流れません。『牛の油で流しが詰まった』と急いで油を溶かすと言われるお湯を流しましたが、やっぱり流れません。次の手段、水を汲みだして、底板を引き上げて固まっている油の塊を何個も取り出しました。本当に大きな塊が何個も出てきました。寒さで脂肪は固まるのです。

 最後に肝臓の働きの話です。以前ユーチューブで見たことがあって、覚えていたのです。脳の栄養はブドウ糖だけという話は有名ですが、空腹が続いて、ブドウ糖がとれないときはどうするのか。その答えは肝臓に蓄積された栄養からケトン体というものが生成されて、このケトン体がブドウ糖の代わりに脳の栄養になるという話でした。

 それでは私のように、太っていて脂肪肝の人が寒波の中で寒い寒いと過ごしていたら、肝臓の脂肪が固まって、働かなくなり、脳に栄養が行かなくなったら、どうなりますか。脳は「栄養を摂れ、食べろ」と命令してくるのではないでしょうか。

 『だから食べてしまうのです』と、私の中で結論が出ました。

 それで、あちこち移動させている私のカイロを肝臓の周りに集中して移動させることにしました。いっぱい着込んでいますし、そんなに寒くはないはずなのですが、それでも貼っていると温かさが伝って来るということはやっぱり冷えていたということでしょうか。

2026年2月1日日曜日

 ユーチューブ勉強、『今までと同じ時間ではない』

 回復力の話です。

 椅子から落ちて、わきの下を強打して、今年の冬もけがをした話をしましたが、確かに体の動きは依然とははっきりと違うのです。自覚はしていました。

 一昨年から半年ほどトレーニングルームに通って、体が締まった、体重が減った、見た目も変わったと大喜びしていた時から、ひざ痛を起こして一年間ひざをかばっている間に、体重は元に戻り、そして、動きにも、記憶力にも、なぜか不安を感じるようになっていたのです。

 そこで見たのが、『今までと同じ時間ではない』というユーチューブでした。相変わらず、パッと目についたのを勝手に解釈してどの動画だったかは覚えていないのですが、『歳をとると、疲労の回復に今まで以上の時間がかかるのだ』という内容で『その時間を取らなければならない』というものでした。

 今までの私だったら、一笑に付していたでしょう。この時もすぐには気づきませんでした。「忙しい、忙しい」と言いながら、今まで通りの日程をこなそうとしていて、時々パンクしそうになったり、ごまかしてやめたり、一日休んだり、物忘れに悩んだり、と、何か『昔と違う』という違和感を感じてはいたのです。

 しばらくして、『そうかもしれない』と思ったのです。最近の上記の現象もそうですが、もっと前に感じていたことは、『おしっこの出方が違う』ということでした。若いころのおしっこって勢いよくパッとたくさん出るのです。今は頻尿です。それも昔、田舎のおばあさんたちに聞いたような、「小便を垂れる」という言葉通りの時間経過です。

 確かに体が変わっていっているのです。今回のわきの下の打撲がなかなか治らないので、『圧迫骨折の治療』の動画も見てしまいましたが、温存治療というのでしたか、そのまま固定して痛みを抑えながら時間の経過とともに治していくという治療でも3か月はかかると言っていました。幸い、私のは痛みも塗るロキソニンで抑えられそうですし、くしゃみをすると痛いとか、50肩と連動していて、どちらの痛みかわからないといった具合で、大したことはなさそうですが、時間はかかるのかもしれません。ちなみに昨年のひざ痛はやっと普通に近くまで回復したようです。一年ですね。

 そういう事で、もっとゆっくり自分にできることを考えて、生きる方法を学ばなければなりません。やっとまともに高齢化を自覚しました。

2026年1月25日日曜日

 ユーチューブ勉強、石原結實 × 石原新菜 / 東洋医学 断食の専門医

 16時間断食、寒いとやっぱりお腹が空くのです。よくわかりました。まだ二か月は経っていませんが、体重は1キロ減のまま。便秘も相変わらずです。さて、どうしましょうか。

 時々、決まりを破ってしまうことがあるので、少しづつ決まりを替えています。

 まず、16時間と決めないで、13時間から16時間の間にしました。娘は「12時間でいいという人もいるよ」と言っていましたが、私は夕食を食べる時間がまちまちで、16時間に決めるには毎日計算しなければなりません。計算は苦手です。

 そういうわけで、夕ご飯を何時に食べても、朝は抜いて、昼12時に食べる。現実には、朝起きたら、お茶やコーヒー牛乳を飲んで、12時まで朝飯前の仕事をしています。間食は相変わらずしています。主にせんべい。ナッツがいいと言われるとナッツ。作ったよと言われるとシチューとか。結局、昼と夜の間に、なんでもよく食べるということです。それで、娘と一緒に食べる夕ご飯は、娘の時間に合わせて、不規則になるというわけです。

 そんな試行錯誤の毎日の中で、『石原結實 × 石原新菜 / 東洋医学 断食の専門医』という動画チャンネルが浮上しました。お二人はとても有名な方たちで、私は、過去に何回かお二人の動画を見たことがありました。

 石原新菜先生の動画は、ご自分の実体験から体温を上げる重要性、腹巻の重要さを語った講演会の動画でしたし、その以前に見た石原結實先生の動画は、たぶん断食の動画だったと思います。で、今回見たのは石原結實先生の動画で、ある人が断食をしたり、玄米食にしたら、血圧も下がって、長生きできているという内容のやはり、講演会の動画でした。

 その時、『私のやろうとしていることはこれなのかもしれない』と思いました。

 歳をとって、やはり体温は下がっていて、腹巻はしていませんが、温かくするように、衣類には気を配って重ね着しています。

 13〜16時間断食に挑戦していますが、まだ、便秘は解消できていません。三日に一度くらいです。だったら玄米食にしてみようかと思ったわけです。昔、玄米食を食べたときはおいしいと思いませんでした。それでずっと敬遠していたのですが、今回、一合だけ炊いて食べてみたら、本当においしかったのです。私の体が変わったのか、炊飯器の性能が良くなったのか、とにかくこれなら続けられそうです。

 そして、この『石原結實 × 石原新菜 / 東洋医学 断食の専門医』というチャンネルを登録しました。時々私の動画画面に出てきて、思い出させてほしいと思ったのです。行き詰った時、私は何をしたらいいのかを。

 口惜しー

 2024年、二月、胃痛による吐き気、下痢。2025年、2月27日、寒いのでストレッチをしたら、左ひざの多分、筋伸ばし。そして、2026年、1月21日、椅子から落ちて、右肋骨打撲。ついに今年もやってしまいました。『寒い時期は』と、あれだけ用心していたのにです。

 確かにこの頃、体の動きが衰えていたのは自覚はしていたのですが、でも、DIY趣味の私ですから、脚立にくらいは登れるだろうと、ある程度の自信は持っていたのです。確かに脚立には登れて、蛍光灯を外して、カバーの掃除もできました。

 そこで、「そういえば」と、使わない蛍光灯の器具一式が物置の棚の最上段にしまってあったのを思い出しました。それを廃棄しようと思ったのです。

 それもこれも、「今後蛍光灯は製造しない」というニュースが流れたからです。古くなった蛍光灯を新しいのに取り換えて、それがだめになったら、LEDに取り換えた方が良いというアドバイスめいたものもありました。『そうしよう』と、DIY趣味の私はすぐに反応したのです。

 食堂の蛍光灯が暗いから、新しいのに買い替え、他は手持ちで取り換え、使わない蛍光灯の器具一式は廃棄。すぐに行動計画ができて、順調に進んで行き、『使わない蛍光灯の器具一式廃棄』まで来たのですが、脚立の持ち運びが面倒だったので、棚の前に椅子を置きました。椅子の上に乗ったらぎりぎり届くので、持ち上げようとしたら、重い上に引っかかっていて引きずり下ろせない。きょろきょろと周りを見て、いつも踏み台として使っているお風呂の椅子があることを思い出して、件の椅子の上に載せました。そしてやっと引きずり下ろしたと思ったら、転がり落ちて、使わない蛍光灯の器具一式の上に右わきの下がかぶさってしまいました。思わず、「やってしまった、悔しー」です。その時、左足親指がなぜかぴくぴくと動きました。右を打ったのに、はっきりと『何故だ』と思いました。

 その時はそんなでもなかったのですが、日を追うごとに痛さが増しました。もちろんお医者には行きませんでしたが。

 「悔しー」はこれだけではありません。その第二弾。

 唯一買い替えたのは、一寸暗い食堂の蛍光管でした。「さあこれで終了」とばかり勢い込んで買いに行ったのです。店員さんに探してもらって、ついでに他のも捨ててもらいました。計六千円。家に帰って、もう無理なので、娘にその蛍光管を替えてもらいました。ところがです。明るさが前のとほとんど変わらないのです。「えー」と思って、その蛍光管の入っていた箱をよく見ると、『長寿命、16000時間』と書いてありました。「16000時間って」?計算苦手の私は電卓を取り出してきて計算しました。どうやったらいいのか、最初は16000時間割る365日でやって、「ナヌ、43年!、悔しー」と思って叫んでいたのですが、気が付いて、16000時間割る24時間わる365日でやって、18年と出て、やっと納得しましたが、わが家の20年くらいたった蛍光管と新品の蛍光管の明るさがほとんど変わらないという事実にはやっぱり、『悔しー』です。

2026年1月13日火曜日

 ピーター・バラカンさんと石井苗子さん

 高市総理が就任して間もなく、各党へのあいさつ回りをして、維新の事務所に行ったときのこと、そこに相変わらず、目立つ美しさの女性に、高市総理が、「苗子姉ちゃん」と言って涙目になったという動画が出て、私も「ええ」となりました。

 この人が石井苗子さんでした。この美しさ、私が楽しんでみていた、なんという番組だったか忘れていましたが、今、経歴を見ていて、多分『CBSドキュメント』だろうとわかりました。本当に美しい人で、あの後、俳優になったり、医学部に入ると受験勉強をしたり、とその後の噂だけは聞いていました。

 まさか維新の会の国会議員になっていようとは思いもしませんでした。で、その後がどういう経緯なのか気になって、ネットで略歴を調べてしまいました。

『略歴

東京都台東区浅草生まれ(現住所は神奈川県川崎市多摩区南生田)[7][8]。福山市立東中学校[9]、山手学院高等学校を経て[10]、アメリカ・ワシントン州立大学から上智大学に編入し、同大学卒。

父親の関係する会社で秘書として働いた後、同時通訳者に転職[11]。水産庁の外郭団体での通訳を担当した後、1988年に『CBSドキュメント』(TBS系)[12]でキャスターデビューを果たす。

MITSUKO名義による女優デビュー

1997年聖路加看護大学看護学部に入学し、2002年に卒業。

同年、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程に進学、のち博士課程に進み、2008年に「健康診査受診勧奨のためのキャンペーン介入研究」で博士(保健学)を取得(甲24228、博医第3171号)[13][14]。同大学医学部客員研究員[15]。看護師、保健師、ヘルスケアカウンセラーの資格をもつ[15]。2005年から、東京都内の病院の心療内科にてヘルスケアカウンセラーとして研修・活動を続けている[15][16]。

2011年より、大橋靖雄が立ち上げた東日本大震災復興のための医療支援ボランティアプロジェクト「きぼうときずな」 に携わる[17]。

2016年6月9日、第24回参議院議員通常選挙に出馬する意向を表明[18]。同年7月の参院選において、おおさか維新の会公認で参議院比例区から立候補し党内順位3位で初当選』

 すごい人生ですね。と思わずつぶやいてしまいました。

 『CBSドキュメント』のメインキャスターはピーターバラカンさんでした。その後もバラカンさんの他の番組への出演も見たことはありましたが、私の苦手な音楽関係でしたので、続けてみることはありませんでした。

 それがこの間、TVerで偶然にもピーターバラカンさんの番組を見つけて、この会合は奇遇だなと思って、ピーターバラカンさんの略歴も検索してしまいました。

『ピーター・バラカン

Peter Barakan

生誕 1951年8月20日(74歳)

イギリス ロンドン[1]

出身校 ロンドン大学東洋アフリカ研究学院

職業 ブロードキャスター(キャスター)。音楽番組司会者、ラジオDJ、音楽フェスティバルの企画・開催、NHKの国際放送の日本文化紹介番組『Japanology Plus』のキャスターおよびリポーターなど。

1951年、ロンドンでユダヤ系ポーランド人の父と、イギリス人とミャンマー人を両親に持つ母の間に生まれる[1](弟のマイケルについては#家族も参照)。大学卒業までロンドン在住[1]。1962年、デビューしたビートルズに強い影響を受ける。11歳から学校でラテン語と古典ギリシア語を学び、高校まで語学に関心を持ち続ける。日本語学科があるイギリスの4大学のうち、男子寮への入寮義務がなかったロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)を選択する。

音楽業界へ

『BARAKAN BEAT』などテレビ・ラジオの音楽番組のパーソナリティを数多く務めている。

また、米国CBSの報道番組を紹介するTBS『CBSドキュメント』において、1988年の番組開始から2014年まで司会を務めた。音楽を中心に仕事をしてきたバラカンにとって、このCBSドキュメントは初めて音楽が関係しない番組だった。そこでプロデューサーと協議して「ブロードキャスター」という肩書きを名乗ることにしたという[9]。』

 昔 『CBSドキュメント』を楽しんでいた私と二人のキャスターが、30年以上の時を隔てて、再会というのではないけれど、お二人の現在に遭遇できたことは奇跡に近いのではないですか。

 『衆議院解散しますよ。濱田さんご準備を!』

 これは中島由美子チャンネルの動画の表題です。この方、本当に頭のいい方で、語彙も豊富です。過日の『恩送り』という言葉も私は初めて聞いて、こういう言葉もあるんだと感心したものでした。つまり、今は拘置所にいる立花孝志氏が、兵庫選挙区で参議院選挙に立候補したとき、兵庫県のために損得度外視で尽力してくれた立花さんのために、『今度は恩返しですよ』と皆さんに叫んだ動画につけられていたタイトルです。でもN国党は全員落選してしまいました。

 その時、濱田氏をはじめとするN国党は次の衆議院選挙では関西の比例区で6人立てて一議席でも取りたいと希望を語っていたのです。その後の立花氏の兵庫県警の逮捕拘束、N国党の解体。NHKのお取りつぶしは高市総理のおかげで見えてきたのに、お金も使ってこんなに尽力してきた党の存在はかき消されようとしています。

 濱田聡氏一人がユーチューブを上げて、衆議院選挙を睨んでいたのですが、次の衆議院議員選挙までは長いとしびれを切らしたのか、京都府知事選に出ると発表しました。その後の突然の解散情報だったのです。

 濱田聡氏は京都府知事選への思いを残していたのか、最初は府知事選を優先すると言っていましたが、多分皆さんに諭されたのでしょう、京都の小選挙区の一つで立候補したいと言いました。皆さんが言ったのは、まさにこの言葉だったのでしょう。『衆議院解散しますよ。濱田さんご準備を!』

 最初の目論見の比例区での6人出馬はもう無理とみんなわかっているのです。立花さんはいないし、お金はないし。でも濱田さんだけでもとみんな思っているのです。

 『がんばれ、濱田』です。