2026年9月30日水曜日

 ついに真実が

 暑さのせいで手足の動きまで悪くなったと大騒ぎしていましたが、涼しくなったら余計におかしくなってきました。

 まず、おしっこが匂い出してきたのです。おかしいな、おかしいなと思いながら、9月も後半になってついにおしっこの検査紙を買ってきて検査してみました。最初測ったのは午後だったせいか何も出ませんでした。それでも状態は日に日に悪くなっていきます。ふらつき、足の冷え、体の冷え、歩くのもおっくうになってウオーキングもしなくなりました。

 それで一番匂いのきつい朝一番に測ったところ、中間くらいの色が付きました。糖尿間違いなしです。

 でも、と、ここで一呼吸、不具合がわかっているのだから、治す方法もわかるはず、糖尿の治し方の動画は山ほど出ているし、経験者も近くにいるし、何よりまだ入院するほど悪くありません。自分でも治せそうと、病院嫌いの私は思ってしまうのです。

 それ以来、ほとんど毎日とはいきませんが、隔日にはウォーキングをし始めました。それで1週間。

 あとは不健康そうな食事を改めようと努力も始めました。

 これがなかなか難しくって、今まで、玄米食も取り入れていたのに「なぜ」ですよね。ずっと便秘がひどかったので、乳製品を毎日飲んだり食べたりしていました。匂いはそのせいかなと思ったりもしましたが、そうでもなさそうです。腸の吸収が悪くなっていわゆる『腸漏れ』という現象が起きるという警告も受け入れて、何とか腸の改善をしようとしていた矢先でもありました。これが、食べすぎだと認めたくはなかったのでしょうね。この歳でもこんなに食べられると自慢したいくらいでした。

 で、何をしたかというと、「いろんな種類を少しずつ」というのは基本に据えて、『血糖スパイク』というのを抑えるというサプリを買ってきて、三日に一回飲むことにしました。確かに食欲が抑えられるようです。それと、糖尿病にいいといわれる、昔飲んでいた桑の葉茶をまた作りました。おいしくはないのですが、今は必死です。ここまでも、一週間。

 一月後どうなっているでしょうか。

 10月末が楽しみです。

 AIの支配する世界とは

 AIの研究者がAIの発展する未来を予測して、恐ろしいと言って開発から離れたというニュースがありました。

 いったいどんな未来なんだろうと想像をしてみても基礎知識のない科学苦手の70代には皆目わかりません。

 そのうち、そういえば、昔漫画で見たことがあるなと記憶を探りました。打たれても倒れても起き上がってひたすら突撃するロボット兵士、今中国は人型ロボットの開発競争をさせていますが、あの頭にAIを入れて戦闘に使う気でいるなと、容易に想像できます。そういえば、国防相を解雇されたウクライナのフェドロウさんはロボット軍を作ると基金を集めているそうです。

 中国では一部介護ロボットが実用化されていると聞きます。戦闘用兵士も当然予定しているでしょうが、もっと怖いのはAI頭脳に支配される人間です。これも漫画で見たような気がしますが、漫画ではガラスケースに入ったリアルな脳でした。機械ではなかったような気がします。それが欲望を持った人間にアドバイスのような命令をしていくのです。例えば、習近平氏とかプーチン氏が今しているようなことに、知識を満載したAIがアドバイスをしているとしたらどうでしょう。従う人間がいれば、地球が破滅するまでロボット兵たちは戦うでしょうね。平和な日常などは無くなるでしょう。

 私は宗教も一種AIのようなものだと思っています。全能の神がいるわけですから。ということはAIに導かれた民が終わりのない戦争に走っていくのでしょうか。自分だけは救われることを求めて。結局、プーチンさんのような狂信的な人がいなければ、AIも機能しないのでしょうが、AIや宗教に騙される人はいつの世にもいるのです。プーチンさんはロシア帝国病だし、習近平さんも大国中国病なのでしょう。その一角に割って入ったトランプさんは拝金病でしょうか。でも、この頃私はトランプさんの懐柔しながらつぶしていくという戦法を少し評価しだしているのですが。

 ところで、ここ数日我が家ではPCが壊れて何もできなくなってしまいました。かくいう私もPCに支配されているみたいです。

2026年9月6日日曜日

 悪魔のささやき

 夏風邪かインフルエンザか、とにかく得体のしれない咳にさいなまれていた夏の終わり、一寸信じられないようなニュースに遭遇しました。

 『米大統領警護隊(シークレットサービス)は25日、イラン国営テレビがトランプ大統領の三男バロンさん(20)の暗殺を示唆する映像を放送したとして、』

『米メディアによると、映像にはバロンさん殺害をほのめかすタイトルが付けられ、ニューヨークのトランプタワーなど滞在先とされる複数の場所が示されていた。1000万ドル(約15億9000万円)の懸賞金にも言及している。』

 「だから宗教っていやなのよ」とまたささやいてしまいました。

 私には経験があるのです。

 昔々、私がまだ世間知らずの嫁だったころ、夫の友人の女性に誘われて、つまりは夫の代わりに、近くの大学で開かれた講演会に出席したことがありました。

 それが『悪魔の歌』というその頃話題となっていた本の翻訳者の講演会でした。

 私は誘われて行った程度の興味で、宗教に全く関心はなかったので、多分そぞろに聞いていたのだと思いますが、何を話されていたのか全く断片も記憶に残っていません。最後に本を分けてくださるといった時も、そのお友達は買ったのですが、私はわが家にある膨大な本の山を見ているので、あれを何とかしなくてはと思うと、買えませんでした。

 今は買っておけばよかった。ちょっと読んでみたかったという思いもありますが、若い私は家政に必死でした。

 それからすぐのことです、『悪魔の詩訳者殺人事件』と呼ばれている殺人事件がその大学で起こったのは。悪魔の詩の作者が付け狙われているというのは前から有名でしたが、まさか翻訳者にもその手が及ぶとは思ってもみませんで、しかも興味はなかったとはいえ、話を聞いたばかりでした。確か、エレベーターの前で待ち伏せされたとか、その頃にも捜査は必死に行われていたようですが、いまだに未解決のようです。あれにも賞金がかかっていたのでしょうか。

 そういえば、悪魔の歌の作者のほうはどうなったか、興味が湧いてきて調べてしまいました。「『悪魔の詩』(あくまのし、あくまのうた[注 1]原題:The Satanic Verses)は、イギリス系インド人作家サルマン・ラシュディの4作目の小説である。1988年9月に出版された本書は、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯から着想を得ている。」「この本は広く批評家の称賛を受け、」「この本と神への冒涜と思われる内容が過激派の爆破、殺害、暴動の動機として引用され、検閲と宗教的動機による暴力についての議論を巻き起こした。1989年、ルーホッラー・ホメイニーがラシュディの死を要求したため、ラシュディ暗殺未遂が何度も起こり[4]、日本人翻訳者の五十嵐一を含む関係者が攻撃された。暗殺未遂は2022年8月、サルマン・ラシュディが刺される事件まで続いた。」

 「ホメイニさんがかかわっていたのか」という感じ、宗教は嫌いです。まるでシャーマンに操られた古代の村社会のようです。

2026年8月30日日曜日

 暑さが身にこたえるとはこういう事

 生きていることは日々発見とは言われますが、しかし、身に染みてわかりました。昔、東京以北の田舎に育った人間には、36℃なんて、人間の体温ほどになる気温ってほとんど経験しませんでした。いくら高くっても34℃くらい、冷房なんて扇風機だけでした。世の中は日々苛酷になっているのです。

 加えて、老化が進んでいるという不安が重なったら、私でも少しは本気になります。

 で、畑と草取りと、孫の夏休みと忙しい中ではありましたが、いろいろ考えて工夫してやりました。

 まず第一は食事。昔、ダイエットの時に、カロリー制限をしたり、石原先生の断食に触発されたりしていましたが、これらはすっきり忘れて、『腸漏れ』にならないように、便秘を改善して腸から栄養がとれるように、という思いから、その昔のダイエットで流行った、『一日30品目』を食べるようにしました。30品目というのは結構大変です。少しずつですが、手当たり次第に食べました。幸い夏は野菜が豊富で、毎朝トマト、スイカ、ブルーベリー、いただいたピーナッツはすぐに料理しました。煮物用の炊飯器も買って煮物は順調です。

 でもです。ダイエットどころか体重は少しづつ増加して、一か月たった今では2キロ増になってしまいました。確かに便秘はしなくなりましたし、めまいの兆しもあまりなくなりました。脳の血流も改善したのか足も以前よりスムーズに動く感じです。

 足腰は別メニューです。一日一時間の家にある4種の機械でのマッサージ、一日一時間のユーチューブ体操、ユーチューブ栄養学、ユーチューブストレッチ等々。ウオーキングはごみ捨て場に行く程度ですが、一時間くらい家の周りの畑仕事をしています。畑仕事も以前はめまいでフラフラになり、壁を伝って玄関まで帰ってくるなんてこともありましたが、今は無くなりました。

 そう考えると、やっぱり『腸漏れ』で栄養が吸収されていなかったのかなと思います。

 でも、一か月で2キロ増はまずいです。甘いものの食べ過ぎだと思います。いつも買ってきてくれる娘に感謝すべきでしょうか。

 あとは高血圧がまだ解決されずに高いままです。これってユーチューブ医療の解説で見ると、『血管の石灰化』というのもあるみたいです。

 来月は減量と石灰化防止のためにマグネシウムをとること、納豆を食べること、魚を食べることですね。また忙しくなります。

2026年8月10日月曜日

 またヨガを始めました

 この頃、一挙手一投足に動き辛さと痛みを感じるようになってしまいました。

 これ、老化現象らしいです。つまり血管が固くなっていて、血液がスムーズに流れないらしいです。これ、ユーチューブ勉強ですが、症状が当てはまるのです。

 足の冷え、高血圧、便秘、もの忘れ。これくらいは大目に見ていたのですが、更に体の動きが悪くなり、時々めまい、何をするのもおっくうとなってくると、だんだん実害が出てきます。体の動きは階段の上り下りや畑仕事に影響を及ぼしますし、めまいは運転と日常に自信を無くさせます。何をするのもおっくうは掃除、片付けがおろそかになります。

 要は日常できることが尻つぼみに少なくなっていきます。

 やっぱりこの辺で、生活をリセットしなきゃと、怠け者の私でさえ思いました。少しずつはやっていたのですが、もっと意識して大々的にです。でももちろんお医者さんは嫌いですので、自己流です。

 前にも書いたかもしれませんが、『腸漏れ』というのがあるのだそうです。つまり、腸が汚くなっていて、栄養が吸収されない。私は便秘に悩んでいるので、これは絶対にあります。それで、野菜を食べることにしました。私はみそ汁が苦手なので、これがなかなか難しい。今は自給のトマトができるので、毎朝毎晩食べていますが、これがなくなったらどうしようと思います。それで、冬に備えて、炊飯器をもう一つ買うことにしました。炊飯器で煮物ができるのだそうですか。

 次に高血圧、血管を柔らかくすれば治るのでしょうか。ストレッチをすれば血管も伸びるというユーチューブ動画がありました。ちょっとのストレッチでいいのだそうです。でも効き目はすぐに失われるので、細かくちょっとづつ続けることが大事だそうです。

 それで、昔見ていたヨガのユーチューブ動画を思い出しました。再度登録動画にしました。今はヨガの教室に行かなくっても毎日先生とヨガができるのですからいい時代になりました。もちろんほかのストレッチ動画も混ぜ込みます。

 私は意外と記録魔ですので、この夏は記録も取ります。

 この夏は、私でさえ熱中症になるほどの暑さでしたから、なんとか改善、克服したいと思っています。本気です。

2026年7月26日日曜日

 今年の夏は

 梅雨明け間近の熱波で、ほとんど熱中症状態で、免許書き換えの高齢者講習、認知症試験を受けに行ってきました。

 頭ふらふらで、もの忘れも多く、自信はありませんでした。前回、75歳になろうとしていた時に受けた記憶力の試験は一個しか間違わなかったと、ずっと自慢の種だったのですが、今回はすごくおとなしいと自分でも自覚していました。

 違う試験場だったので、試験の形式も電子ノートを使うもので、前回紙を使った時より採点が簡単らしいです。

 でもです。私、半分くらいしかできませんでした。ちょっとショック。試験は自分と電子ノートとで相対峙して、どんどん進めて行ってもいいと言われていたのですが、悔しくってなかなか進みません。そんな中、すぐにノートを返却して終わってしまった人がお隣にいました。「ええ」というくらい早かったです。

 待ち時間が長かったので、その方とお話しする時間が結構持てて、三年ごとの高齢者講習で三回目だと言っていました。ということは、私より三歳年上で、私が77歳ですから、80歳になられるわけです。おしゃれで、ズボンとシャツと鼻緒草履という夏の定番スタイルの私とは雲泥の差でした。

 縫い物が好きと言っていたので、もっぱら洋服の再利用をしている私も「毎日やっているんですよ」と話が合いそうに思えたのです。でも、吊るし雛とかの手芸の方でした。教室を持って教えていると言っていました。そこで話は終わり。

 次に「毎日忙しい」という話。聞けば娘さん一家と同居で、働いている娘さんに代わって、お孫さんの送り迎えもしていて、耳の遠いご主人とみんなの分の食事を作っていると言っていました。その買い出しのためにも車の免許はどうしてもないと困るのだと言っていました。

 次に、「年金生活者で、独立した娘一家の来訪が大変な出費になるとユーチューブに書いてありましたけど、うちもそうなんですよ、この頃は弁当を持って来いというんです」と私がいうと、やっぱり離れて住む娘ご一家もいるみたいで、「本当にそう。大変な出費ですよ、外食なんかできませんから、全部、私が作るんですけど、大きい男の子もいるから大変」。でも「料理は嫌いではないですけどね」と付け加えていました。

 『それか』と思いました。

 スタイルもいいし、耳が遠くなったと言うご主人も元気、仕事もしていて自分も元気。その上にこの大活躍、『食事がきちんとしているのだろうな』と思ったわけです。恥ずかしながら、庭で採れた野菜でさえどう料理していいかわからない私とは大違いです。

 今思えば、ご主人は『不動産業』と言っていたので、賃貸収入とかあって、ただの年金生活者とは違うのだろうなと、思い返しました。

 それでもこの忙しさは私の2倍にはゆうになるだろうと思われます。「忙しい、忙しい」と愚痴ばかり言っている私とは大違いです。少し反省して、体を動かすように、脳のために野菜料理を食べるように、努力目標がまた広がりました。

2026年7月14日火曜日

 栃木の湯

 私はほとんど毎日車に乗っています。それもロングドライブではなく、あそこに買い物、ここに孫送り、歯医者さんとか、細かい用事ばかりで、そこに来て梅雨による気圧の変動、台風、暑さ寒さの変化、冷房の効きすぎ、睡眠不足、高血圧とか、いろんな要素が重なったのでしょう、腰が痛くなってしまって、昔の古傷の痛みも、例えば、ひざとか、肩とかいっぱい出てきてしまいました。ユーチューブ体操ももちろんしているのです、でもとても追いつかないくらい足腰肩が硬く、痛くなってしまいました。それでも用事は待ったなしです。

 車に乗りすぎると腰を痛めると聞いたことがあります。例えば長距離ドライブをする人はコルセットをしていると聞いたことがあります。これかと思いました。

 それで、ここに来て、月に一、二回娘の普通の日の休みに合わせて、栃木のお風呂に入りに行きます。隣県の栃木には温泉がいっぱいあって安いのです。運転をして付き合ってくれる娘は野菜を求めて「買い出しだ」と言っています。

 面倒くさがりの私はお風呂は好きな方ではなく、いつも『もう出ようか』『もう出ようか』と考えていますが、週日の空いているお風呂は、気持ちにゆとりを持たせ、誰かにちょっと声をかけてみたくなります。見渡せば、みんな同じ年代の人達のように見えます。

 前回、露天風呂で話をしたのは普通の体形の方でした。日傘の下に入りたいからと近づいて来られました。いつものように「茨城から二時間かけてやってきた」と自己紹介のような形で言いました。彼女は「軽トラックで荷物の運送をしていたので、茨城を通って千葉までよく行きました」と言いました。長年仕事をしてきて今は引退といった様子でした。

 そんな話からか、私はもうすぐ免許証の書き換えがあり、認知症の試験まであるのだといつものように不安と愚痴を漏らしたのです。

 「大丈夫ですよ」と彼女は言いました。「そんなに厳しくないから普通に答えていれば合格しますよ」。彼女の自信に満ちたアドバイスには長年の仕事の経験があったのでしょう。私は思わず、「私と同じ77歳くらいですか」と聞いてしまいました。「とんでもない、85歳です」と言われて、その体型といい、長年仕事をして来たという自信に満ちた話の仕方といい、あまりの立派さに面食らって、「私はそろそろ出る時間かな」とか言いながら、逃げるように出てきてしまいました。

 そうそう、運動の話もしていました。毎朝一番に近くを一周歩いて、それから野菜の水かけをし、温泉にはほとんど毎日のように来ている、市民(県民)だと優待があるのだと言っていました。

 今回、お話をしたのは、ちょっと小柄な方でした。更衣室で、私は飲み終えたコーヒーのパックを捨てようとキョロキョロしていたのです。その方は何も言わないのに気づいて、近くの見えづらいごみ箱を教えてくれました。世話好きさんのようでした。

 やがて着替えを始めた彼女は背中のあたりが引っかかっていて降りて来ないので助けを求めに来ました。そんなこんなで話し始め、彼女が戦後生まれであまり戦争の苦労をしなかったといっていたのを機に、「私も23年だから戦後生まれです」ということから話が進みました。彼女は22年生まれの一つ年上、私達はいわゆる、大人数世代の団塊の世代に属していたのです。

 育った環境も実家が農家だったこと、と同じようでした。その時彼女が言ったのです。「あの頃、よく『物貰い』が来たよね」。ちょっと私の地方と彼女の地方の呼び方の違いがあったせいか、最初は何のことかわかりませんでしたが、やがて、そういえば、と思い出しました。家の入口に週に一、二度くらいで食べ物をもらいに来る人たちが確かにいました。「うちのおじいさんがね、あの人たちは本当に困っているのだから、塩をつけたおにぎりではなく、味噌を付けたおにぎりを上げなさいと言ったというので、うちの母はいつも味噌をつけたおにぎりを上げるようにしていたと言っていたわ。」

 その時、私はとても感動していたのでしたが、うちではおにぎりなんか上げていたろうかと考えて、返事もできないまま、ただうなずいていました。そして彼女がもう一度その話をした時、「立派なおじいさんでしたね」と言いました。

 彼女は満足げに「味噌をつけたほうがおいしいでしょ」と言いました。

 この時も私は思い出せませんでした。今思えば、うちではお茶碗一杯くらいのお米をおこもさんの持ってくる袋に入れてあげていたような気がします。

 古い時代のこんな家庭教育の話、今、話す人も思い出す人もいないでしょうね。