2026年7月26日日曜日

 今年の夏は

 梅雨明け間近の熱波で、ほとんど熱中症状態で、免許書き換えの高齢者講習、認知症試験を受けに行ってきました。

 頭ふらふらで、もの忘れも多く、自信はありませんでした。前回、75歳になろうとしていた時に受けた記憶力の試験は一個しか間違わなかったと、ずっと自慢の種だったのですが、今回はすごくおとなしいと自分でも自覚していました。

 違う試験場だったので、試験の形式も電子ノートを使うもので、前回紙を使った時より採点が簡単らしいです。

 でもです。私、半分くらいしかできませんでした。ちょっとショック。試験は自分と電子ノートとで相対峙して、どんどん進めて行ってもいいと言われていたのですが、悔しくってなかなか進みません。そんな中、すぐにノートを返却して終わってしまった人がお隣にいました。「ええ」というくらい早かったです。

 待ち時間が長かったので、その方とお話しする時間が結構持てて、三年ごとの高齢者講習で三回目だと言っていました。ということは、私より三歳年上で、私が77歳ですから、80歳になられるわけです。おしゃれで、ズボンとシャツと鼻緒草履という夏の定番スタイルの私とは雲泥の差でした。

 縫い物が好きと言っていたので、もっぱら洋服の再利用をしている私も「毎日やっているんですよ」と話が合いそうに思えたのです。でも、吊るし雛とかの手芸の方でした。教室を持って教えていると言っていました。そこで話は終わり。

 次に「毎日忙しい」という話。聞けば娘さん一家と同居で、働いている娘さんに代わって、お孫さんの送り迎えもしていて、耳の遠いご主人とみんなの分の食事を作っていると言っていました。その買い出しのためにも車の免許はどうしてもないと困るのだと言っていました。

 次に、「年金生活者で、独立した娘一家の来訪が大変な出費になるとユーチューブに書いてありましたけど、うちもそうなんですよ、この頃は弁当を持って来いというんです」と私がいうと、やっぱり離れて住む娘ご一家もいるみたいで、「本当にそう。大変な出費ですよ、外食なんかできませんから、全部、私が作るんですけど、大きい男の子もいるから大変」。でも「料理は嫌いではないですけどね」と付け加えていました。

 『それか』と思いました。

 スタイルもいいし、耳が遠くなったと言うご主人も元気、仕事もしていて自分も元気。その上にこの大活躍、『食事がきちんとしているのだろうな』と思ったわけです。恥ずかしながら、庭で採れた野菜でさえどう料理していいかわからない私とは大違いです。

 今思えば、ご主人は『不動産業』と言っていたので、賃貸収入とかあって、ただの年金生活者とは違うのだろうなと、思い返しました。

 それでもこの忙しさは私の2倍にはゆうになるだろうと思われます。「忙しい、忙しい」と愚痴ばかり言っている私とは大違いです。少し反省して、体を動かすように、脳のために野菜料理を食べるように、努力目標がまた広がりました。

2026年7月14日火曜日

 栃木の湯

 私はほとんど毎日車に乗っています。それもロングドライブではなく、あそこに買い物、ここに孫送り、歯医者さんとか、細かい用事ばかりで、そこに来て梅雨による気圧の変動、台風、暑さ寒さの変化、冷房の効きすぎ、睡眠不足、高血圧とか、いろんな要素が重なったのでしょう、腰が痛くなってしまって、昔の古傷の痛みも、例えば、ひざとか、肩とかいっぱい出てきてしまいました。ユーチューブ体操ももちろんしているのです、でもとても追いつかないくらい足腰肩が硬く、痛くなってしまいました。それでも用事は待ったなしです。

 車に乗りすぎると腰を痛めると聞いたことがあります。例えば長距離ドライブをする人はコルセットをしていると聞いたことがあります。これかと思いました。

 それで、ここに来て、月に一、二回娘の普通の日の休みに合わせて、栃木のお風呂に入りに行きます。隣県の栃木には温泉がいっぱいあって安いのです。運転をして付き合ってくれる娘は野菜を求めて「買い出しだ」と言っています。

 面倒くさがりの私はお風呂は好きな方ではなく、いつも『もう出ようか』『もう出ようか』と考えていますが、週日の空いているお風呂は、気持ちにゆとりを持たせ、誰かにちょっと声をかけてみたくなります。見渡せば、みんな同じ年代の人達のように見えます。

 前回、露天風呂で話をしたのは普通の体形の方でした。日傘の下に入りたいからと近づいて来られました。いつものように「茨城から二時間かけてやってきた」と自己紹介のような形で言いました。彼女は「軽トラックで荷物の運送をしていたので、茨城を通って千葉までよく行きました」と言いました。長年仕事をしてきて今は引退といった様子でした。

 そんな話からか、私はもうすぐ免許証の書き換えがあり、認知症の試験まであるのだといつものように不安と愚痴を漏らしたのです。

 「大丈夫ですよ」と彼女は言いました。「そんなに厳しくないから普通に答えていれば合格しますよ」。彼女の自信に満ちたアドバイスには長年の仕事の経験があったのでしょう。私は思わず、「私と同じ77歳くらいですか」と聞いてしまいました。「とんでもない、85歳です」と言われて、その体型といい、長年仕事をして来たという自信に満ちた話の仕方といい、あまりの立派さに面食らって、「私はそろそろ出る時間かな」とか言いながら、逃げるように出てきてしまいました。

 そうそう、運動の話もしていました。毎朝一番に近くを一周歩いて、それから野菜の水かけをし、温泉にはほとんど毎日のように来ている、市民(県民)だと優待があるのだと言っていました。

 今回、お話をしたのは、ちょっと小柄な方でした。更衣室で、私は飲み終えたコーヒーのパックを捨てようとキョロキョロしていたのです。その方は何も言わないのに気づいて、近くの見えづらいごみ箱を教えてくれました。世話好きさんのようでした。

 やがて着替えを始めた彼女は背中のあたりが引っかかっていて降りて来ないので助けを求めに来ました。そんなこんなで話し始め、彼女が戦後生まれであまり戦争の苦労をしなかったといっていたのを機に、「私も23年だから戦後生まれです」ということから話が進みました。彼女は22年生まれの一つ年上、私達はいわゆる、大人数世代の団塊の世代に属していたのです。

 育った環境も実家が農家だったこと、と同じようでした。その時彼女が言ったのです。「あの頃、よく『物貰い』が来たよね」。ちょっと私の地方と彼女の地方の呼び方の違いがあったせいか、最初は何のことかわかりませんでしたが、やがて、そういえば、と思い出しました。家の入口に週に一、二度くらいで食べ物をもらいに来る人たちが確かにいました。「うちのおじいさんがね、あの人たちは本当に困っているのだから、塩をつけたおにぎりではなく、味噌を付けたおにぎりを上げなさいと言ったというので、うちの母はいつも味噌をつけたおにぎりを上げるようにしていたと言っていたわ。」

 その時、私はとても感動していたのでしたが、うちではおにぎりなんか上げていたろうかと考えて、返事もできないまま、ただうなずいていました。そして彼女がもう一度その話をした時、「立派なおじいさんでしたね」と言いました。

 彼女は満足げに「味噌をつけたほうがおいしいでしょ」と言いました。

 この時も私は思い出せませんでした。今思えば、うちではお茶碗一杯くらいのお米をおこもさんの持ってくる袋に入れてあげていたような気がします。

 古い時代のこんな家庭教育の話、今、話す人も思い出す人もいないでしょうね。

2026年7月10日金曜日

 トランプさんの真実

 第一次政権のころから、私も今は亡きアメリカの友人も絶望的なくらい低評価でした。きっとみんな同じように考えていたのでしょう。連続で政権をとることはできなくてバイデンさんにとって代わられました。

 四年後の第二次政権、皆さん「ええっ」でしたよね。最初からトランプさんも気合が入っていたのでしょう、やりたい放題、言いたい放題で、『これでアメリカは』と思っていた人が多かったのではないでしょうか。

 特にみんなが支援しているウクライナの大統領を人前で侮辱していて、侵略するロシアのプーチン大統領を親密にもてなしているのです。本当に『これがあの信頼しきっている民主主義の盟主アメリカか』と絶望的な気持ちになりました。

 そんな気持ちで2年間、ウクライナも私も耐え抜きました。

 それがここに来て、敵対視する中国を叩くという名目で金ずるになっていたベネズエラを叩き、核の脅威を取り除くという名目でイスラエルに同調してイランの深部を叩きました。イランは言わずと知れたロシアの援助国です。

 「グリーンランドをよこせ」とか、「カナダは51番目の」とか言いながら、実際やっていることは中国とイランというロシアの支援国を実力で締め上げているのです。さらに今回のNATOの会議ではバイデンさんが止めていたロシアへの深部攻撃に賛同しました。

 ここまでくると、『これは』と思った人は私だけではないんじゃないでしょうか。

 生まれながらの勝負師なんじゃないかと。

 しかし、それを大声で言うとロシアが警戒するので、だれもが声を潜めて、『トランプさんはもしかして』と思っているのではないでしょうか。もしかしたらノーベル平和賞に選ばれるかもしれませんよ。それよりも大事なことはトランプさんの勝負に勝つことかもしれません。よく「ディール」という言葉を聞きますが、ディールって取引のことだと思っていましたが、勝負という感覚なのかもしれません。ますます目がはなせません。

2026年7月8日水曜日

 モンシロチョウがひらひらと

 趣味と実益を兼ねた空き地菜園の話をすると、ネタが尽きないのですが、先日小学生がモンシロチョウを追いかけて虫かごに入れているのを見まして、もしかしたら、これは大人が知らずに教えている害虫駆除の行動なのじゃないかと思い出されました。昔やったのですよね、私も。

 一番そう思ったのは、イナゴ取りです。イナゴは食べられると言われましたが、一度も食べたことはありませんで、田舎だったので、収穫シーズンにはいつもイナゴ獲りをして親の仕事の傍らで遊んでいました。

 他にはタニシ拾いもしました。これは食べられるし、よく食べましたが、これも増えすぎると有害なのです。

 そしてこのモンシロチョウ。わが家の菜園では、梅雨の合間にひらひらとよくやってくるのです。最初のころは「おやモンシロチョウ」などと、歓迎していましたが、とんでもないのです。二、三日すると初めて蒔いて、育ってきたブロッコリーに青虫がびっしりたかって、葉っぱを穴だらけにしているのです。葉っぱを穴だらけにする青虫のことは知っていましたが、特にキャベツなどの害虫だとは知っていましたが、まさかモンシロチョウの幼虫だったとは知りませんでした。今年キャベツは作ったのですが、冬だったので結構大丈夫だったのです。

 わが家は無農薬にこだわっているので、弟がしていたというように、一匹一匹つまんで下に落として踏んづけています。かわいそうなどと言っていられません。人間は残酷なものです。でも青虫も残酷です。後から植えたわが家の小さなブロッコリーの半分は、葉っぱなしです。踏んづけられた青虫をアリが大挙して運んでいきます。

 こうなったら生きるか死ぬかの戦いです。私は闘っていますけど、でもちょっと、人生に対する失望感もあります。

 昔、会ったことのあるスリランカの女性学者さんは、家畜のト殺を見て、肉が食べられなくなったと言っていました。痩せた人でした。

2026年7月3日金曜日

 ドラマはもう

 見なくなってしまいました。

 前にも書いたことがありますが、大好きだったんです、若いころは。どんなに忙しくっても一日一ドラマを見なければ眠れないほどでした。特に英国ドラマは歴史もあいまって重厚で、華やかで大好きでした。

 でもこの頃は、テレビも切ってしまいましたし、ユーチューブを見始めると、次から次へと新しいニュースや知ってる顔が出てくるので離れられなくなってしまいます。よって、ドラマに割く時間が無くなってしまうわけです。

 正義感に燃えて立花さんを応援してしまう事は、ドラマの勧善懲悪に同調するのと似ています。どうして世の中にはこんなに悪い人が多いんでしょう。しかもドラマじゃなくってリアルです。

 ある日、中国の解説をしていた番組で、報道1930だったようですが、『2024/5/11 -去年中国で4つのことをしない若者を“四不青年”と呼んでいた。即ち“恋愛しない”“結婚しない”“子供を産まない”“家を買わない”という若者が増えている ..』という内容を見たとき、いろいろな思いが沸き起こってきました。

 つまり、子孫を残さないという選択です。人生に対する絶望と否定です。

 私にも少しは理解できるのです。私は、程度はあるものの対人恐怖症ですから、人に対して何かをしてしまったらどうしようという恐怖が、いつもどこかにあるんです。そういう人、ひそかに多いですよね。バカまじめで人生を謳歌するなんてできないんです。

 前に書いたことがあると思いますが、この時、あるイタリア映画が思い出されたのです。『道』と『木靴の木』です。

 『木靴の木』は貧しい小作人の一家の物語でした。幼い息子が「木靴が壊れた」と言います。お父さんは「心配するな」と言います。ある夜、お父さんは暗闇の中、川辺の木を切って、靴を作ってくれました。でもその川辺は地主さんの土地で、気づいて怒った地主さんは一家を小作人小屋から追い出して解雇してしまいます。地主さんの権力には誰も逆らえない。一家は見送りもなく、静かに出て行くしかなかったのです。

 『道』は少し障害のある娘の話です。大道芸人に買われた娘はそれなりに楽しく働いていたのでしょう。ところがあるハプニングがあって、人を殺してしまった男は、知ってしまった娘が煩わしくなって『道』に置き去りにしてしまうのです。時が過ぎて、劇団を率いて戻ってきた男は、土地の人に聞くのです。土地の人は彼女のことをよく覚えていて、いくら誘ってもその『道』を離れようとしなかった。最後はそのまま死んでしまったということでした。その男が泣いたなんてことはどうでもいい、私は『もっといい男が誘ってくれていたのになんでついていかなかったのか』と歯噛みしたものでした。そこで彼女の障害のことが思い浮かんだのです。彼女は動けなかったのです。

 そうすると水上勉氏の『離れごぜおりん』が思い出されました。これも前回書いたパターンと同じです。手引き人を失っためくらのおりんは海の見える、または潮風を感じる松林の中に衣類だけが残されていたそうです。

 人は人に対してもっと優しく接しないといけないと自戒します。プーチンさん、習近平さん、もう引き返せないのでしょうが、人を思いやる政治家になってほしいと思います。ユーチューブを見ているみんながドラマの主人公のようにあなた方を見ていますよ。

2026年6月16日火曜日

 トップは女性がいいと思うけれど

 高市総理のご活躍を見ていると、なんだか、お母さんが必死に家族を守ろうとしているようで、ありがたさを感じるとともに、「どうぞお元気で」と願わずにはおれません。

 いま、イラン戦争で、石油が来るか来ないかと不安なときでさえ、物価は高くなっているけれど、何とか安心して家計を回していけるのは、ガソリン価格が安定し、日常があまり変わりなくやっていけているからだと思います。

 支える大臣方も、皆さん優秀で、適材適所で、本当に高市さんは『人を見る目があるんだなあ』と思わずにはいられません。

 それで表題に来るんですけれども、今潤沢な都の予算を使いすぎていてリコール運動を起こされている小池都知事はどうだろうかと思ってしまうのです。

 小池さんには学歴詐称問題もあります。どちらかというと、度胸で世間を渡ってきたという感じです。生い立ちを言っては失礼ですが、一寸破れかぶれのお父さんだったように聞いています。だから、いくら優秀でもエジプトになってしまわれたらしいです。

 共働きとはいえ、普通のサラリーマン家庭に育った高市さんには地に足の着いた、普通の、いわゆる常識という砦があるように感じます。特にお母さんが警察官だとなると、悪いことは悪いと思う心が育っていると思います。

 だから、男だから、女だからというのではないのですよね。男性でも優秀で正義漢のある人はたくさんいます。でも男性ではわからないのは、生活者の目線です。その目線があれば、調子に乗って夜の会合なんかにはあまり行かないでしょうし、調子に乗って大盤振る舞いをして、破綻することもないと思うのです。

 石破前首相がよく引き合いに出されるのですが、いい反面教師となっていると思います。男性でも女性でも、トップになりたいという野望だけでなく、経済もわかる外交もわかる軍事もわかる社会問題も、人事もわかる、かつ常識的という能力は必要不可欠なのではないでしょうか。

 とにかく、日本の首相が高市さんで本当に良かったと心から思います。お体大切に、長期政権でご活躍されますように。麻生さん頑張ってください。

2026年6月14日日曜日

 ユーチューブ サスペンス

 いつものように、ユーチューブを見ていたら、軍服を着た男性たちに一人遅れて必死に走るちょっと小太りの女性兵士がいた。タイトルを見ると、『緊急発進、女性パイロット』となっていた。今そのタイトルで探して見ても出て来ない。

 みんな大きな飛行機に向かって走っているのだ。正に緊急発進しようと、その準備をしようとしているらしい。皆さんタラップに駆け上り、最後に女性もさほど送れずに駆け上り、カメラさんもあとから駆け上り、中を写すと、それは輸送機で、中はきれいに空っぽの空間が広がっていた。よく見ると壁際にたたまれた椅子が引っ付いていた。その分、床はがらんどうだった。戦車も入るくらいに見える。

 カメラさんはあちこち駆け回って撮影していたのだが、コックピットでは二人の操縦士が話しながら準備をしていて、あちこちを推したりさわったりしながら確認を進めていた。彼女はパイロットではなかったのかと思う。

 次に若い兵士二人が、タラップを力技で持ち上げて、うちにしまう。これは扉の代わりもしているらしい。次に例の女性兵士が扉の一つを閉める。もう一つを閉めた男性が階段を上がって席に着く。女性兵士は壁に引っ付いた椅子を下ろして座る。

 コックピットの準備も整ったようで、飛行機は徐々に動き出した。

 次に出てきたのは空中の映像で、戦闘機が近寄ってきていた。空中にホースを出しているところを見ると、名前だけは知っている『空中給油』というものかもしれないと推察する。

 そのホースがなかなか戦闘機の穴にはまらない。それが後半延々と続く。誰が操作しているのか、説明はない。男性の顔がよく映っているが、彼女らしき顔も映し出されている。

 最後になんとかホースが穴に入って、二人が安心したような様子だった。もしかしたら、彼女は本当にパイロットで、『空中給油』もパイロットの仕事なのかもしれないと思えた。映し出されていた男性は指導教官なのかもしれない。

 『AIR FORCE』と機体にあったから、アメリカ空軍に違いない。

 緊迫のユーチューブを見終えて、『これは本当にサスペンスだ』と思った。説明は一切なく、自分で想像しなくてはならない。