2012年9月13日木曜日

JPGで

  スキャナーの設定をしてくれたときに娘がフォトスタジオというアプリケーションを入れてくれました。最初スキャナーで、コピーをするように取って、それをフォトスタジオできれいに切り取り、サイズを指定して小さくすると、出来上がりです。
  次にそれをショップにアップしたのですが、ショップ画面を覗いてみてびっくり、出来過ぎなのです。最初にアップしてあったメインの本が霞んでしまいました。
  これはメインの本も取り直しをしなければならないのではないかと覚悟を決めましたが、六冊ずつ撮った写真の方を、フォトスタジオで切り取って、一冊ずつにすると、同じような画質になるかも知れないと推測し、やり始めました。最初のうちはどうにかうまく行ったのですが、突然、『JPGで』という警告が出て、画像がアップできなくなってしまいました。そこで娘に聞きたいと思いましたが、やっぱり真夜中でした。
  翌日、起きて来た娘に聞いてみましたら、「よく説明を読んでね」というつれない返事。娘も忙しいのだろうと思い、またコンピューターに向き合って再挑戦しました。でも同じです。とうとう行き詰まって、「『JPG』とはなんぞや」とネットで調べてみました。『圧縮イメージ』なのだそうです。そう言えば、最初に切り取ったときに、保存をどうするかと言う選択肢がいくつか出て来たような気がしていましたが、その時は確か、『JPEG』でしていたような気がします。それでもダメだったんです。
  その時ハタと気がつきました。六枚ずつの写真はプレビューのJPEGイメージと書かれていたのです。このプレビューのまま、一枚ずつ切り取ることはできないかと思いまして、やってみたら、できたのです。フォトスタジオを使わなくても良かったのです。保存のときにJPEGを選んで保存すると、それをショップは受け付けてくれました。ちょっと分からないことに、フォトスタジオでつくった画像は受け付けてくれるものとくれないものがあるのです。
  フォトスタジオとプレビューの違いは『サイズ』と『KB』の違いのような気がします。フォトスタジオは『サイズ』と『KB』を小さくできるので、無料のゼロショップのように『100MB』しか商品を並べることができない小さなショップは、大きい『KB』だと商品の数が少なくなってしまいます。しかし、それはまた後で考えましょう。何せまだ、『ⅠMB』も使っていないのですから。
  それで、今は、スキャナーとカメラ、フォトスタジオとプレビュー、『完全に』とは言えませんが、どれも使えるようになりました。進歩です。

2012年9月8日土曜日

商品数を多くする工夫 

 最初のお客様も一段落して興奮が収まると、『もしかしたら、これが最初で最後かも知れない』と、またぞろ不安が頭を持ち上げました。
  ショップの方も余り見られていないようでした。こちらは私が手直しの仕上がり具合を見る為に覗いた分もカウントされるので、リンク元URLを見ると私や検索エンジンロボットが覗いた分がほとんどのようです。来訪者のものと思われる検索サイトのようなものもたまにありましたが、それが本当に来訪者なのか検索エンジンなのか全く分かりません。
  それで不安になって、ネットショップの本を辞書代わりに読んでいましたら、『商品の数の多いショップの方が売上が多い』というくだりがありました。単純に考えてもお客様のニーズの数だけ商品があれば売れるわけです。叉、検索エンジンにも引っかかり易いのかもしれません。
  確かに、以前、ホームページで隠れてお店を開いていたときも、5、6年の間に二冊売れたのはいずれも夫の手持ちのレアな古本でした。ショップに並べた3冊ではなかったのです。
  『でも増やすと言っても』、とためらいがあります。古本を売るには古物商の許可を取らないといけないと、例の教科書本に書いてありました。でも、でもなのです、このシリーズの本は家では一度も読まれていないのですから、つまり、洋服で言ったら『袖を通してもいない』のですから、ある意味、新品なのです。古物商の許可は時間ができたら取リに行くとして、そんな新古本は並べてもいいのじゃないかと思って、先ず、あの写真撮りと格闘しました。
  電池が充分ではなくって、電池を買いに走り、次に本を出して点検、冊数が多いので、六冊ずつ並べて数回に分けて取りました。でもそうすると、一冊ずつが小さくって肝心の表紙の美しさが見られません。
  そこで娘が、昔夫が買って、一度しか使っていなかったスキャナーで取ることを提案してくれました。

2012年9月1日土曜日

農薬列島

  首相官邸周辺の原発反対デモの話が、余り大きく取り上げられることも無くどんどん大きくなっているようです。私も行かなければならないと思うのですが、何時に変わらぬ忙しさを理由に延び延びにしています。
  これは、反体制のデモではないので行き易いのですが、私にはもう一つどうしても提言しておきたいことがあります。もう既に多くの方が指摘されていることで、私が今更言ってもそれこそ、形にはならないデモのほんの一員にしかならないことなのですが、それでも、これは60年の歴史を経て、私のような凡人でも気がついたという真実です。
  昔々、私が子供だった頃、農家のわが家は広い屋敷を持っていました。あまりに広い屋敷内の草取りを一人でする母を気遣って、父が除草剤なるものを始めて導入しました。父の愛情のたっぷり詰まった除草剤は散布され、母は翌日から暑い中を草取りに這いずり回る労働から解放されるはずでした。その頃は他にも田の草取りという田んぼの中を這いずり回る仕事もあったのです。旧暦のお盆に向けた屋敷の草取りだけでも手が抜ければ、母もどんなに助かったか知れません。
  翌日、台風が来ました。一夜明けて、木の枝が引きちぎられ、緑が散らばった台風一過の裏庭で、食用に飼っていた池の鯉が白い腹を見せて浮かんでいました。全滅です。『雨で除草剤が流れ込んだんだ』と父が言っていました。そのとき、子供心に除草剤は毒なのだと思いました。その後、田舎では除草剤を飲んで自殺する人の話もよく耳にしました。田舎では手近な毒だったのです。
  あれから半世紀、父も亡くなり、母も認知症になってしまいましたが、今や除草剤は全盛です。跡を継いだ弟や従兄弟たちは、広い屋敷を持て余し、『除草剤が無かったらどうしようもない』と言います。不動産屋の管理する空き地には草一本生えておらず、草むした墓地などどこにもありません。農地でさえ、パッチワークのように薄茶色の畑が目立ちます。
  私のような凡人は、見過ごしていれば何でもないことなのに、なぜこんなに気になるのかと言うと、化学物質過敏症の知り合いがいるのです。ある知り合いということにしておきますが、彼は除草剤の毒の臭いが分かるのです。近くに行くと苦しくなるらしく、泣きますし、近づきたがらないのです。防虫剤や殺虫剤はもっと過激で、かけられたゴキブリのように苦しがります。どこに混ぜ込まれているのか分からない抗菌剤でも感じ取って苦しがります。
  私たちには分からない毒素を感じ取るのですから、まるで超能力者のようです。でも、未来の見える超能力者が幸せとは限らないのと同じように、毒素を感じ取れる彼も、決して幸せではありません。毒を感じたら避ければいいと思うかもしれませんが、除草剤がまかれ、殺虫剤がまかれ、抗菌剤が揮発する夏には彼の居場所は無くなるのです。もちろん墓参りにも、公園にも、果物の実る田舎にも行けないのです。
  私たちの住む地域では放射能検知器を持つ家庭が増えていますが、この毒素検知器も作れば売れるのではないでしょうか。放射能だけではありません、毒素は確実に存在するのです。撒いているのですから。
  美しい果物の為に消毒は欠かせないし、労働の軽減の為に農薬はある程度仕方の無いことなのかもしれません。しかし、自分達の健康のためにも、できるだけ少なくする工夫と行動をしないといけません。今は機械も良くなりましたから、草を根こそぎにしなくっても、草刈りでもいいはずです。抗菌剤を使わない表示をしてくれれば、一生懸命日に当てます。ゴキブリやネズミはホイホイに任せます。蚊取り機は過敏症の彼によると蚊取り線香よりも水性蚊取りの方が毒性が弱そうです。今は蚊取り線香も昔のものと違うのかもしれません。寝るときはテント式の蚊帳を掛けると安心です。少し労働は多くなりますが、地球を健康にする為には原発反対のデモと同じくらい大事なことだと思います。
  そう言えば、昔々、こんな状態を見越した小説を書いた有名な女流作家がいたような気がします。まだ読んでいないので、今度図書館で探してみましょう。

2012年8月26日日曜日

後ろ向きにならないこと 

 一週間経っても二週間経っても誰も見てくれた気配か無いと不安になります。ネットのヘルプのコーナーでよくある質問はブログやショップを止める方法なのだそうです。
  でも、私は止めないのです。どうやったら見てもらえるか時々開けて修正したりしていました。
  特にブログは厄介で、アメリカ発のトラフィックというのがついて来て、消せないのです。アメリカ人が私のブログを読むはずもないし、一度開けたら、ファッションショーのようなページで、英語だし、『これがスパムか』と思い、報告しましたが、『スパム除去のシステムをつけてあります』と言うテロップが出ただけでした。
 『トラフィックがついていて離れないのだ』といくら言ってもダメでした。
  ところが月が変わるとそれも消えたのです。何か手を打ってくれたのかと思って安心していると、すぐに今度は四つもついていました。今度は加えてロシアと韓国とドイツからも来ていました。もう絶対に開けませんが、何なんでしょうね、これは。
  前に止めた人のURLを貰うと前のつながりがそのまま着いて来ると聞いたことがありますが、それなのかもしれません。しばらく静観することにしました。
  それよりも大事なのはどうしたら人に読んでもらえるようになるかです。とにかく来訪者はアメリカとロシアと韓国とドイツのこのトラフィックの方々だけのように見られるのです。来訪者がなければ、『ブログで収益』なんて見込めません。『アドセンス』という収益システムに申込だけはしてあったのです。焦りました。
 二週間目には不安になってブログの本も何冊か借りて来て読みました。いろいろ書いてありましたが、ただ一つ納得したのは、『中身の濃いコンテンツを書くことだ』と書いてあったところです。まじめに人に受け入れられるように自分の発信したいことを発信し続けなければいけないのだということです。そういう方々のブログをいくつか紹介していましたが、それこそ種々様々でした。自分が一番興味のあることを掘り下げているのです。
  で、『アドセンス』は承認されたようですが、リンクは張らないことにしました。どうせ収益になりそうも無いなら、広告の無い簡素なページの方が、ありがたいですし、読んで下さる方にとっても読みいいのではないかと思ったのです。
  さあ、がんばって書いて行きましょう。

2012年8月25日土曜日

初めて注文が来た

 その日、外泊して昼頃に帰って来て、メールを開くと新しいメールが二通も来ていました。一つは自動メールを送信したというショップからのメール、もう一つはそのお客様からの送り方の指示を書いたメールでした。
 『わー、どうして』という感じでした。『誰も見てくれていないかも知れない』と思っていたのに、見てくれていた人がいたのです。『バンザーイ』と心で叫びながら、口では「どうしよう、どうしよう」と叫んで、夜中仕事をしていて、昼まで寝ている娘に相談しようとして、気がついて思いとどまり、テレビを見ていた夫のところに行って叫んでいました。「注文が来た。まだ一ヶ月も経たないのに」。
 夫の返事はこれ叉変なもので、「もうすぐ『下』が出るよ」。夫の『もうすぐ』はあまり当てにはならないのですが。やがて起きて来た娘は「上まで聞こえたよ」。
 ショップを開いてから一ヶ月弱ですが、『このまま誰も見てくれないで、前みたいに一年二年と経って行くのじゃないか』と、何となく不安で否定的で、落ち着かない日々でしたが、いっぺんに自信が湧いて来ました。理由もなくやって行けそうな気になって来ました。
 急いでコンピューターの前に座って重さを量り、送料を決めて払い込みをお願いするメールを出しました。出してしまってから、心配になってまた計算し直したりするのはいつものことです。
 払い込みの手紙が来て、一刻も早くとレターパックに入れ、近くのポストまで行って、ポストに入れてしまってから、『そう言えば』と、ガサガサと音がしていたことが気になりました。それで例の教科書に『詰め物』というのが載っていたのを思い出しました。緩衝剤です。家に娘が寒さ対策にいいと言って買った緩衝剤がいっぱい残っていたのを思い出しましたが、もう後の祭りです。
 発送済みのメールに『もし不都合があったときは』と書いて送りましたら、ご丁寧に『無事つきました』と言うメールが送られて来ました。ありがとうございます、最初のお客様。

2012年8月18日土曜日


ブログのこと

 ブログを書くと、そこに広告がつけられて、見た人がクリックするとお金がもらえる『アドセンス』というサービスがグーグルにあるそうだという話は娘から聞いて知っていたのです。この際ですからショップの集客の為にもブログを始めようと思いました。
 でも、そんなにうまく行くとは思っていないのですよ。今まではヤフー派でしたから、ヤフーにホームページを持っていたこともありました。有料だと勝手に広告をつけられることが無いというので有料にして、禁止と言われていた本を売るページを紛れ込ませて、でも五年で二冊しか売れなかった話はしましたよね。その後無料のホームページにしたのですが、何か余り好ましくないリンクが張られて、びっくりして止めました。今となってはどうやって止めたのかも全く覚えていません。
 あと、アンケートも二社ですが答えています。まじめに答えていると、二社だけでいっぱいです。それで、収入は年間にしても二、三千円程度。以前はそれで宝くじを買って一攫千金を夢見ていたのですが、一攫千金なんて夢のまた夢です。分からないのですよね、やってみないと。
 だから、ブログで収益なんて聞いてもほとんど信じてはいないのです。でも、ビジネスウーマンになる為にはできることは何でもしないとなりません。書くことは好きなので、先ず、第一関門はクリアです。
 で、早速眼鏡をかけて、ブログのコーナーをクリックしました。そこで知りました。ブログってサロンのようなものなのですね。同じ趣味のお友達と情報を共有しようと勧められます。でも、それは対人関係が苦手だからインターネットで仕事をしようと思っている私にはこの上ない違和感でした。それでも、ここで諦めたら何も始まらないわけです。後に引かないように自分を追い込む為のブログなのですから。これは背にした壁なのです。
 そう考え直して、まじめに基本情報に向き合いました。でも、最初に顔写真を要求されて、またどっきり。『そう言えば、あの名取裕子さんだって、裸になった映画があったっけ』とか、鈴木砂羽さんは、画家のご両親に、『いつも、「自分を表現しなさい」と言われていた』とか、思い出しました。自分を表現するには顔を見せるのは当たり前かなと思って、更に考えた末に、数年前のトルコ旅行で小さく写っている写真を選びました。それをアップして基本情報に移りましたが、次々に私的なことが聞かれるのです。さすがに全部は答えられませんでした。
 この間、テレビで梅ちゃん先生の堀北真希さんが部活帰りの田舎道でジャージ姿のままスカウトされたと言っていましたが、『よくそんな話を信用して乗れたものだ』と思うのは私だけでしょうか。でも、乗ってみなければ何も始まらないのです。
 それで、これでエイヤーとアップしてしまいましたが、いざ、それが若い人たちのはじけるような明るい情報の中に出て来ると、何とも場違いな感じがして、『やっぱり、ホームページの方が良かったか』と、今度は消しにかかりました。でも、一度アップすると全部は消せないのだそうです。特に写真はいくらやっても駄目でした。
 それでまた考えました。『ここがクリアできなければ先に進めない。一度やろうと思ったことをまた臆病で止めてしまうのか』と自分に問い直しました。今までと同じ、また元の木阿弥です。
 そして、また、基本情報をいれ直して、トルコの風景だけの写真をもう一枚いれ、顔写真を取り下げました。消すことはできないみたいです。
 それから最初に書いた『百歳まで生きるなら』をコピーしてブログのページに貼付けました。何も無い、文章だけのブログです。共有する友も仲間もいない一般公開でした。
 ヤフーのホームページで、ダイエットの文章を書いていたときは毎週30人くらいの訪問者がありましたが、今回はだいぶ不安です。『ネットの闇の中に消える』と誰かが言っていましたが、『ブログの波間に消えて行き』そうな感じです。
 それから、広告を貼付けるアドセンスという契約に申し込みました。すぐにできるものと思って、何度も押しましたが、審査に一週間かかるのだそうです。説明は確か英語だったと思います。私も怖がっていますが、向こうも怖いのです。

2012年8月4日土曜日


本を片手に

 会社で作った夫の三種類の本を売るのが手始めです。在庫があるのです。もうすぐ四種類目もできて来る予定です。
 今までは夫がお仲間と手分けして売っていました。私は何せ対人恐怖症気味なのでとてもできません。本屋さんをしている従姉妹が一度何冊か売ってくれましたが、彼女は買ってくれそうな人たちに売り歩いてくれたようです。悪いことをしてしまったと思いました。確かにお客さんが買ってくれなければお金にはならないのですが、恐怖です。断られるのも怖いし、『買いたくないのに無理強いしてしまった、恨んでいるだろうな』と後で後悔に苛まれるのも恐怖です。
 結局年金をもらって、静かに暮らして行くのが私にとっては一番楽な方法なのですが、今回はそこに逃げ込まないことにしたのです。さあ、エブリカラーショップを立ち上げましょう。
 教科書本には無料で立ち上げることのできるゼロショップの例が出ていましたので、私もそれにしました。何事もですが、途中までは簡単に進みます。ブログで一度ならずビビったので、それに比べたらあまりにスムーズに行くので拍子抜けの感じでした。スムーズに行くということは安心感でもあります。
 それが突然にがたんと止まってしまうと今度はパニックです。確かに商品の写真の画素については何か書いてありました。でも、いつも撮っている写真だからと、自信満々で最初に写真を撮り、いざアップしようと思いましたら、できないのです。画素をどうやって小さくするかなんて、ただ撮るのさえやっとの私には分からないのです。もう一度取り直そうと思いましたが、そうすると明日になってしまいます。もう夜中だったのです。でも明日にはしたくありませんでした。
 幸いにも夜中に仕事をしている娘がいました。娘の手を休めさせて、娘のコンピューターで写真を小さくしてもらい、それも二度、三度と試してもらってやっとショップ画面に収まったのは夜中の二時でした。もうビビっている暇なんかありません。すぐに公開をお願いして寝ました。主婦は昼間寝てなんかいられないのです。誰ですか、一日二時間なんて言ったのは。