2014年5月9日金曜日


母の遺衣類

 母の衣類を、体形の似ている私が全部貰う事になりました。今は形身分けなんかしないんだそうです。それで、実家に行って衣類の整理を弟夫婦と三人でしましたが、本当に一日仕事でした。
 「何であんなに服を買ったんだろう」と弟は言いましたが、半分は捨てる事が出来なくって、取っておいた古い服で、虫さんがなめたあとが、何カ所も見えていました。母は戦争を生き抜いた世代だったのです。
 そういう服や下着類を処分に回しても、私が貰う服は大きな袋に四つほどもありました。「入れるところがあるのか」とまた弟が言いました。「私の服を整理して捨てるよ」と、私。
 私も捨てられないで取ってある古い服が箱に詰まったままになっていたのです。それらを整理して、今は母の服も何とかわが家に収まっています。
 休憩でお茶を飲みながら、「何であんなに服を買ったんだろう」と弟がまた、言いました。『そう言えば』と、昔母に聞いた母の思い出話を教えました。
 母の姉である、まだ、しっかりしている伯母は、昔からきれいな人でした。農家の主婦でありながら、肌も白く、太りもせず痩せもせず、いつもきれいでした。母に言わせると子どもの時からそうだったのだそうです。母の実家は大きな農家で、戦争前の、母たちが子どもの頃は、それなりに裕福だったそうです。六人もいた子どもたちにも、それぞれに新しい着物を買ってあげる事が出来たようで、そういう時、伯母はひときわ輝いて見えたのでしょう。負けず嫌いの母は自分の着物を着てみて、それがどうしても納得できなくって、姉と同じ着物がいいとだだをこねたのだそうです。そうして買ってもらっても、同じにはいかなかったと言っていました。その時でも、母の着物は伯母の二倍になるわけです。
 また、母は洋裁も和裁も出来ましたから、服を作ったり、着たりするのは楽しみでもあったのでしょう。おしゃれだったのです。
 ある雨の日、病院の待合室で、古いリュックサックに布の袋を持った、私と同じ六十代くらいの女性を見かけました。もしかしてと思いますよね。病院の待合室は、冷暖房完備です。その時、母が言っていた言葉を思い出しました。「歳を取って、みすぼらしい服を着ていたら、本当に惨めに見えてしまうんだよ。」 だから、せっせせっせと、歳を取ってからは編み物もして、私にも一生分のセーターを編んでくれました。一冬で着るセーターは一、二枚ですし、それは翌年も着られるのです。死ぬまでに全部着られるだろうかと思うくらいあります。
 『ああ、ああいうことか』と思ってその女性の方を見ると、もうそこには女性の姿はありませんでした。
 母の遺衣類を貰って、私は一生惨めな思いをしなくてすむのかもしれません。大事に管理して使って行かないといけないと思いました。

2014年5月1日木曜日


またまた、住所間違い

 前にも、住所間違いで届かなくってキャンセルになった事がありました。今回ショップを始めて以来の二度目を引き起こしてしまいました。レターパックの追跡機能を使う事になったのも二度目です。
 今回は最初の注文を戴いたときから、何となく予感がしたのです。あとで『私、超能力があるのかな』と思ったほどです。
 で、用心して、注意深く見ていると、前回と同じで、配送先に指定されていた住所と振込表に書かれていた振込人の住所が違っていました。『やっぱり』と思いました。それで、用心深く「どちらの住所に送ったらいいですか」とメールを送って回答を待ちました。「指定した住所に」というメールが来て、その通りに送りました。送ったつもりでいたのです。
 これで一件落着と思い、安心していましたら、「もっときちんとした仕事をしてくれなければ困る。追跡機能を使って、やっと探し当てた。」という厳しいお叱りのメールが来ました。
 「えーっ」でした。だってあれほど用心したのに間違ったはずはないと思いましたが、一応謝りました。「でも、どちらに送るか、メールで聞きましたので、私が間違えるはずはないんですが、」と言う口答えをしました。更に厳しいメールが来て、「二つの住所は別の市にあるのに、そこを見ないで、ありもしない住所に送ってしまったんです。」というものでした。
 またまた「えーっ」でした。でも、相手はお客さんですし、市の名前をよく見なかったのは私の責任ですから、謝りました。でも、やっぱり、口答えはしてしまいました。書かれていた郵便番号が同じだったのです。私は郵便番号が同じだから、同じ市内の、違う住所だと思い込んでしまったのです。
 また怒りの反撃が来て、キャンセルされた本が返されて来るかとしばらく身構えていましたが、来ませんでした。
 今の私なら、謝りながら、自分の正当性も主張できて、それなりに心を落ち着かせる事ができますけれども、若いときでは、すぐに喧嘩になってしまうか、立場が弱かったなら、黙って、唇を噛んで、ストレスを内に溜めるかしかなかっただろうと思います。江戸時代に理不尽な地主に、理不尽な事を言われて泣き寝入りしている貧しい家の若い娘の姿が思い浮かばれて、心が重くなりました。少しでも、入って来るお金があるという事は、立場を強くしてくれるのです。年金を整えてくれている世の中の皆さんに感謝です。

2014年4月24日木曜日


古典文学大系と絵巻大成

 昔々私が買った岩波書店の日本古典文学大系、百二巻あるのです。若かりし頃は文学少女を気取っていましたから、読破するつもりでいました。でも、結局の所、人生の荒波に揉まれて、流されているうちに、読もうという気力も、遂には、本棚の下の方にある事さえ忘れていました。
 これ、古本のコーナーを開いて値段を調べてみると、たくさん出ているのです。つまり、ピンからキリまで数多く古本が出ているのです。古典の原文ですし,古いですから、ピンは書込み等もあるのかもしれませんが、一桁二桁の値段,キリは未使用に近いもので、それでも一割、二割引いた値段でした。
 毎年のように増刷されていたようでしたから、そうとうの量の本が出回っているのです。それに加えて読む人は限られているでしょうから。
 どうしようと思いますよね。で、どうせ売れないだろうからと、元の値段で出す事にしました。皆さんに眺めてもらうだけでも、本の存在した意味があるかなと思ったのです。
 もう一つ、夫が買った中央公論社の日本絵巻大成という大形本が二十七巻ありました。夫も買っただけでほとんど見ていないという代物で、元の値段がおおよそ一冊1万円くらいのもの(中の一冊は2万5千円)でした。
 これをセットに出来ないかなと思って、調べてみたのですが、古典文学大系と絵巻大成は、必ずしもリンクしていないのです。同じだったのは有名な物語だけで、絵巻は合戦図や縁起等が多かったし,文学大系は歌舞伎や連歌、随想集等もあります。
 それで、同じカテゴリーにこの二シリーズだけを並べて、決して安くない値段をつけました。
 絵巻大成は『続』が出ていますし、古典文学大系は『新』が出ています。いくら未使用でも、これだけたくさん出回っていると、それがみんな無くなってからしか、わが家のショップの本には出番が回って来ないでしょうから、まあ、売れないという前提で、高い方の値段をつけて置く事にしたのです。安いと、状態が悪いと思われるのもいやですし。
 本当に眺めて貰うだけでいいのです。いつか、そのうちには。

2014年4月16日水曜日


フィクションを売る国

 バーナビー警部やモース警部、フロスト警部等のオーソドックスな英国ミステリーが大好きになってしまって、再放送の度にチェックしてみています。
 他にも、ポアロやマープルは言うに及ばず、ヴェラ、ルイス警部。以前はCSI科学捜査班を好んで見ていたのですが、この頃はそのスピード感について行くのが難しくなりました。
 という事は、アメリカドラマからイギリスドラマに変わったという事でしょう。何が違うかと言うと、イギリスドラマは大抵二時間ドラマなのです。そのために登場人物が多くて複雑です。
 昔、アガサクリスティのマープル本を初めて読んだ時、出だしでつまずいて投げ出した事がありました。延々と状況説明が続くのです。バーナビー警部もしかり、関係あるんだかないんだか分からないような人たちが次々と登場します。考えてみれば、事件がおこって、刑事が事情聴取に行く人たちは、みんな初対面の人ばかりなはずですよね。しかし、それぞれ個性ある人たちが、連鎖的に現れて来て、その人生に苦しむ姿がいつの間にか憎めない存在になって来るのです。
 バーナビー警部の作者はキャロライン・グレアムという女性のようで、場所は、ミドサマーと言う架空の美しい田舎町、彼女はきっと、クリスティのように有名になるような気がします。
 ところで、主演のジョン・ネトルズという役者を調べようとしても日本語のサーチにはほとんど引っかかりません。他の出演者も然りです。英語のウキペディアはありました。14年間、200カ国で放映されているという割には静かな扱いです。モース警部もフロスト警部もしかり。英語のウキペディアではフロスト警部にはサーの称号が着いていました。モース警部にも着いていたような気がしますが、何せ英語でしたから。
 この国はシェークスピアの国だから、役者さんは多いのだろうし,優遇もされているのだろうと思いました。華やかにハリウッドに進出している人も多いですが、底辺が広いのだろうと思います。
 ジェシカ伯母さんを演じていたアンジェラ・ランズベリーさんもイギリス生まれです。ストーリーも美しい港町に住んで、事件を解決して行く所は一部似たところもあります。
 つまり、この国は演劇や小説や、ものがたりを売る国なのだと思いました。昔からケルト人は空想的と言われていますが、アーサー王伝説も有名でしたし、最近はハリー・ポターも世界的になり、観光も含めて外貨を稼ぎまくりました。
 フィクションで国を富ます事も出来るのだと気がつきました。

2014年4月9日水曜日


土地の話

 実家は農家でしたから、屋敷も広く、草取りが大変でした。でも、子供の頃の私はほとんど母を手伝う事も無く、怠け惚けていました。
 今、密集した住宅地の小さな土地の上に建てた古い家に住んでいますが、こんな小さな敷地の草取りだけでも大変な重労働で、草取りの季節が来るたびに、『なぜ母は私に手伝わせようとしなかったのだろうか』と、申し訳なさを通り越して恨めしささえ感じてきます。もう、あの頃の親不孝を取り返す事は出来ないのです。
 それと同時に父が亡くなって、弟がすべて相続してくれましたが、私では手に負えなかったろうという思いがありますから、心から感謝しています。世の中には遺産争いの話がよくありますが、とんでもありません。大きい農家と言うわけではないにしろ、あんなに広い屋敷や、草だらけになってしまった畑、人に作ってもらっている田んぼに、少ない脳みそを小突き廻すくらいなら、細々と猫の額ほどの敷地の草取りをしながら、好きな事に頭を廻している方がどんなに楽か知れません。そうでなかったら、二つのネットショップにこれだけの労力は注げません。
 昔、桜井さんという大家のご隠居さんがいました。その方は若い頃に政治も志した方でしたから、自分が大地主の家に生まれた事に、『これでいいのだろうか』という、若い人が当然のように持つ疑問を感じたようでした。やがて年を経て、お孫さん達に言ったそうです。『おじいちゃんはこれだけの土地を管理する力があったから、神様から預かっているのだよ』と。これが、桜井さんの辿り着いた結論だったのでしょう。政治の世界も退かれた後は、いつも野良着を来て、屋敷の草取りや山仕事に精出していました。
 そうなんです、それだけの土地を管理できる能力のない人間には、大きな労働を要求する土地は苦痛でしかないのです。土地に関してだけは、みんなが少しずつ持てるような、共産主義とまでは言いませんが、安さと平等さがあるといいなと思います。


母亡くなる

 そんなときでした、母が亡くなったのは。私にそんな時間が流れていたように、母の上にも同じだけの時間は流れていたのです。
 母の介護を一切見ていてくれていた弟から頻繁に電話が入るようになり、暇を見て、私も娘や夫と顔を出すようになりました。少しずつ痩せて行った母は、だんだん食べ物を食べなくなり、弟たちが注射器で水分を口にいれてやっていました。
 その朝は寒い朝でした。コンピューターが不具合を起こしてやっきになって直していた私は、夜中に寒くって身震いしていましたが、雪が降っていたのです。
 弟は雪の予報を聞いて、前日に母の車椅子用のスロープを解体したと言っていました。もう使わないだろうと思ったのです。
 それらがみんな前兆のように、後になると思えました。
 でも、もう仕方がないのです。お金がどんどん出て行って、止められない、どうしようもないという経験は何度かしましたが、時の流れも、体の衰弱も止められないのです。
 充分生きたろうと思いました。情けない娘や息子で心労ばかりかけて申し訳なかったのですが、もう、どうしようもない、取り返しも、お詫びのしようもないのです。
 それから、弟の先達で、田舎の葬式が執り行われ、老衰だった母はほんの少しのお骨になりました。見事な最後だと思いました。これなら、海に撒いても土に埋めてもそんなに長くこの世にとどまる事はないでしょう。
 この歳になると分かりますが、生きている事は、恥ずかしい、消え入りたいと思う事も随分多いのです。夢中で生きていると、人を傷つける事も、恨みを買う事も、恥をかく事も多いのです。母のように、気丈に生きて来た人は、きっと、後悔も多かったのではないかと思いました。それもみんな、父も含めて私たちを守るためだったと思いますが、早く忘れ去られて、消えてゆく事は却って安らぐ事ではないかと思いました。
 そんな事を言うと、体操万能で、負けず嫌いだった母におこられそうですが。

2014年4月2日水曜日


ゼルカバ

 ずっと準備していたんです,『ゼルカバ』という名前まで決めて。ヤフー側も大忙しだったようですが,私の方もいつも心にかかっていて,落ち着かない2、3ヶ月でした。
 でもですね。出店無料と書いてありましたけど、全く無料でもないってことが徐々に分かって行くと、何となく気が重くなって行った事は事実です。つまり、アフィリエイトを付けて下さり、振込等の代金の収受を間に立って一切して下さり、それに何パーセントかのお金がかかると言う新しいシステムのようでした。
 『ただだと思っていたのに』という気持ちがありますから、何となく『ちょっと違う』という気持ちになりました。それでも、多くの人の目に止まるようになり、本が売れればいいかなと思って、『出店をしよう』という気持ちではいたのです。
 やがて、ひと月待ちになっていた正式申込になり、審査も通って、『いざ開店準備』となったときに、わが家のサファリが古いバージョンで商品のアップに対応できないと分かりました。
 最初は『どうしよう』と焦りました。せっかくここまでやって来たのだから、この際新しいコンピューターを買おうかとか、娘のお古を中古で買おうかとか、でも、まだ使えるし、買うにはお金がいるし、と、いろいろ考えたんです。『ヤフーさんにも悪いし』とか、私も善人でありたいと思っていますから。
 でも、『やめた!』と思ったら、『スーッ』としました。慌ただしかった心が落ち着きました。すぐにその場で退店のフォームをダウンロードして、退店の文書を発送しました。
 コンピューターが古いのは重大な理由だから、私の背信ではないという自分正当化が出来た事が何よりの救いだったと思います。
 「やめたよ」と家族に宣言して、今までゼルカバショップに入れようと取っておいた建築雑誌類をエブリカラーショップにアップし、そこからはみ出しそうな旅ガイドや絵本児童書をメイプルショップに移してと、大変な勢いでショップの整理を始めました。