2023年3月11日土曜日

 いいがかり

 ここひと月ほど、歯医者さんに通っています。折れてしまった被せた歯をもう一度再生してもらうためです。『もういいか』とも思ったのですが、ないと不自然で、落ち着きません。

 後二回で終るという先日、痛い思いをして診察室を出てきた私に、待合室の男性が一生懸命声をかけていました。でもこちらは、マスクをどこにしまったか探しまくっていて、上の空でした。上の空でも声は聞こえます。どうも「奥さん、太いね。相撲取りみたいだよ」とかなんとか言っているようでした。上の空が幸いして、返した言葉も適当なもので、「マスクどこへやったっけ。そうですね。それが私も悩みなんですよ」とかなんとか。

 やがてマスクも見つかって、受付での支払いを待っているときも、性懲りもせずに話しかけてきます。「どうやったらそんなに太くなれるの」。その男性を見ると、確かに痩せていました。「20年も外国にいると、みんな珍しい」とかなんとか言っていました。

「どちらに行っていたんですか」と私も反射的に聞きました。「アメリカ」。

 やがてその男性は診察室に入っていきました。足元は老人らしくふらついているようでした。それを見て、少し、見ず知らずなのに『失礼な』と思う気持ちがわきました。そばに奥さんらしい人が待っているようで、「本当にハラハラしてしまう」と言っていました。

 「アメリカだったら平気かもしれないけど、日本だとケンカになっちゃいそうですね」と、別に腹立ち紛れでもなく言ってしまいました。歳を聞くと、79歳だと言っていました。「私と大してかわらないんですね」と奥さんに同情しながら言いました。

 それから、運動談議になり、季節談議になり、私は種を蒔いていることを話しました。「弟が植物が成長するのを見ることは精神的にいいと言っていました」と言うと、奥さんは「花が咲いたらキレイですしね」と言い、私は「食べられるものだけです」と言って笑いました。

 男性は診察を終えるとすぐに出て行ってしまいました。「行かないんですか」と奥さんに聞くと、お金を払ってからとジェスチャーで示しました。

 あとで考えてみると、私もあんなだったなと思いました。男性は少し認知症気味だったのでしょう。そういう人は相手にされない分、人恋しいのです。ちょっかい出しても話をしたいのです。亡夫も人恋しい性格で、友人に会いたがり、私はいつも申し訳ない思いをしていました。病気になるまで、お酒も飲みましたから、私もいつもハラハラしていました。

 そうそう、この頃、近所の家の車が、夜になると必ず駐車場に帰ってきているのを見て悲しくなりました。我が家では夜になってもなかなか帰ってこず、駐車場がいつも空いていたことを思い出したのです。これが亡夫と私の覇権争いの人生だったと認識させられました。

2023年3月9日木曜日

 種蒔き

 寒い寒い冬でしたが、3月半ばになって、花粉の襲来とともに、やっと暖かくなってきました。もこもこの暖かい服がいらなくなったと思ったら、今度は花粉対策のつるつるの服を探し出さなければなりません。もうちょっと痩せれば着られるのにと思える服に決意は新たになるのですが、1キロくらい落ちたかと思えるころにはいつもその季節は終わっていて、また来年となるのです。

 そしてまたうずうずとわきでてくるのが、雑草と種蒔きの誘惑です。これだけ雑草が我が物顔に出てくるのだから当然種を蒔けば芽も出てくるはずです。

 そこで、植木鉢をひっくり返して、土を入れなおし、種蒔きを始めました。

 この諸物価値上がりの中、種は当然野菜です。ユーチューブにも、いろいろな野菜の栽培の様子が頻繁に上がってくるようになりましたが、なかなか同じようにはできません。

 先ずは、年を越して残っていた、小松菜、二十日大根、ときなしニンジンを撒きました。小松菜はすぐに出てきてくれました。あとはどうかなです。我が家のような植木鉢園芸では、種はどうしても残ってしまうのです。

 で、今年は百円ショップで、二袋で百円という種を買ってきました。それが、無謀にもミニトマトとナスです。種を蒔いて、よく見たら、このミニトマトはまさに植木鉢用の小ぶりのもののようです。昔の大きくなって鈴なりになるやつではありませんでした。昨年は高価なハイブリッドの苗を買って、幹ばかり大きくなって、収穫はほんの少しでしたので、今年は種にしたのですが、また不安になってしまいました。

 二袋目は何にしようかと物色して、結局ナスにしました。これも昔、苗を買って植えて、結局ほとんどならなかった経験から、それ以来植えなかったのですが、今年は挑戦です。

 さあ、身体を動かして、食べられるもの、食物繊維を供給してくれるものを育てましょう。

2023年2月20日月曜日

 近頃のユーチューブ 岡林信康、山谷ブルース

『今日の仕事はつらかった、あとは焼酎あおるだけ

どうせどうせ山谷のドヤ住まい、他にやる事ありゃしねえ

ひとり酒場で飲む酒に帰らぬ昔がなつかしい

泣いて、泣いてみたって何になる、今じゃ山谷がふるさとよ

工事終わればそれっきり、お払い箱の俺たちさ

いいさ、いいさ山谷の立ちんぼう、世間恨んで何になる

ーーーーーーーーーーーーーー』

この後も続きますが、私が昔聞いたことのあるのはこのあたりまでです。

この方、学生運動華やかなりしころの『フォークの神様』と言われた方です。でも、田舎出の学生だった私は、直接聞いたことはありません。周りの人が歌っているのを聞いただけです。

 これを聞いたとき、私は、小さいころ、農家だった家に奉公に来ていたお兄さんを思い出すのです。年季があけるとそのお兄さんは東京に働きに行ったようです。一度だけでしたが、帰ってきて挨拶に来ました。とび職をしている、東京は稼げると言って、親孝行をするつもりのようでした。でも、母は「あの子はよかろう様だから、お金なんかすぐに無くなってしまうだろう」と言っていました。

 なんとなく悲しい歌でした。

 この度、ユーチューブで初めて見た岡林信康さんは初老のスタイルのいい、ハンサムで、話術のうまいシンガーソングライターでした。歌も声もやわらかで悲壮感を感じさせないくらい、十分に楽しく場を盛り上げていました。

 『ひとは山谷を悪く言う、だけど俺たちいなくなりゃ

 ビルも、ビルも道路もできゃしねえ、だれも分かっちゃくれねえが』

 今回最後まで聞いてみて、働く私たちはみんな同じだよと思いました。たくさんのコメントの中に研究者だという方のがありまして、『自分も同じように働いています』と書いてありました。

2023年2月19日日曜日

 右足を失った兵士

  ウクライナに取材に行った大越健介さんが、インタビューをしていました。落ち着いた態度で、治ったら、軍の教官になって経験を伝えたいと言っていましたが、私はなんでこんなことになるんだろうと思いました。プーチンさんは早く嘘を嘘だと謝罪して、侵略を諦めるべきです。

 ウクライナの国立歴史博物館では、亡くなったロシア兵の遺品を展示する特別展が開かれていました。亡くなったロシア兵士の靴が大量に並べられ、展示された遺品の中に、手記や日記がありました。この手記は本当にきれいな字で整然と書かれ、どんなにか優秀な人だったのだろうと思われました。

 近頃のユーチューブ、秋庭豊とアローナイツ

 毎日、日課のようにユーチューブでウクライナのニュースを見ています。この頃、ウクライナの戦況が悪いので、どうなったかと気になって、コンピューターの前を離れられないのですが、そうするとさまざまにちりばめられたユーチューブのリストを見ることになります。

 歌あり、料理あり、整体ストレッチあり、テレビのニュース番組あり、絶景映像あり、新商品の広告あり、社会学から大学の講義まであります。

 時間もあることから、気になるのをちょっとずつ見ています。整体ストレッチ、痩せるレシピはもちろんですが、中に、昔の歌をアップしてくれている方々がいます。

 で、そこに、『中井昭とコロラティーノ、思案橋ブルース』というのがありました。私がいくつのころだったか、全く思い出せないのですが、この曲は大ヒットで、ほとんど毎日のようにテレビの歌番組で流れていました。しかし、いつの間にか彼らは出なくなって、そして歌も聞けなくなってしまいました。

 彼らは、あの一曲だけだったようです。それをユーチューブで見つけたときは。うれしくって、思わずコメントも書いてしまいました。この歌をカバーで歌っている人もたくさんいましたが、全然違うのです。

 カバーで歌っている人の中に、秋庭豊とアローナイツさんもいました。わざとだと思うのですが、違う歌いかたをしていました。その頃、この方たちの歌も聞いていたと思います。名前は憶えていましたから。

 で、何を見ているかというと、このチームでボーカルをしていた木下あきらさんのソロステージのユーチューブです。私と同じ年の今はすっかり太ってしまって、昔の面影は全くないのですが、歌は心にしみるようになってきて、『研ナオコの「スッピンでしゃべります」

今一番ハマっている歌手・アローナイツ(木下あきら)さんの追っかけやってます

公開日:2022/12/22 06:00』というのを見たときは、私だけじゃなかったと思いました。

  昔の歌も、大量に出ていますが、この年齢と声にあったカバー曲が特に素晴らしいと思います。カバー曲って、自分に合った有名曲を選んで歌うわけですから、実力さえあれば、本家よりも上手に歌えるのではないかと思います。そこに今まで生きてきた経験が加味されればなおさらに。

 細かいことはわかりませんが、このチームは北海道の炭鉱から出発したようです。売れだしたころ、リーダーの秋庭豊さんが40代で亡くなり、チームの再編を迫られ、そして、今は木下さんが名前を背負いながらソロで活動しているようです。

 ドル円交換

 これがニュースであるのは私だけでしょうか。

 近頃の円安ドル高で、家に僅かばかりあるドルを売ってしまおうと考えたのです。それで、ゆうちょ銀行に持って行ったらもう外貨の交換業務はしていないと言われました。次に、そのドルを買った銀行ならばまだやっているかもしれないと、行ってみたのですが、そこでも同じ。もう2年前からやっていないと言われました。

 ではどこに行けば交換できるのか、職員の方もよくは知らないと言われました。

 家に帰ってネットで調べてみたら、今は外貨両替機という機械で交換するのだそうで、手数料もその方が安いのだそうです。その機械がどこにあるかは、確かに銀行の方も知らないようですが、銀行はもうからないから置いておかないのでしょう。空港にはあるらしいですし、あとは、外国人がきそうなところにはあるらしいです。

 そういうわけで、せっかくのドル高なのに儲け損ねてしまいました。

2023年2月18日土曜日

 捨て台詞

 もうすでに70を過ぎているのですが、自分の内側から見る自分は、しわしわの顔を見ることもないので、20代の感覚で闊歩しています。時々、おばあちゃんと言われてハッとすることもあるくらいです。

 確かに、歩くのも昔ほどスムーズじゃないし、動きもキレがあるとは言えませんが、『昔からこの程度のものよ』と思えば、そうかもしれないのです。

 先日、いつもの店に買い物に行って、せんべいのコーナーであれこれ見ていた時のことです。いつも買うせんべいがないので、どうしようか、買おうか買うまいか、買うとしたらどれにしようか、など迷いに迷って、せんべいの前をふさいでいたのでしょう、「どいてくれない」と言われました。「あ、すいません」と言って脇にどいた私の前に来た女性は、二、三個選んで、「待ってられない」と捨て台詞を残して行ってしまいました。

 最初に思ったことは、『勢いがあるなあ』ということでした。50代と見える女性は、あまり周りに忖度することもなく、言いたいことを言いながら、生活しているのでしょう。『私にもああいう時代があったなあ』と思いました。

 ここでどっと歳を感じました。まず、せんべいの選択に時間がかかったこと、次に後ろに彼女がいたことに気づかなかったこと、さほど怒りを感じなかったこと。自分にもああいう時代があったことを恥ずかしく感じたこと。

 歳をとるとはいろんなことが一歩引いて見えて来ることなのでしょうが、昔の自分も見えてきて、恥ずかしさと後悔に苛まれるということでもあります。

 これが私の対人恐怖症の原因でもあるのでしょう。そう言えば、どこかに、60歳を過ぎたら、一人で孤独に生きていくのがいいと書いてあった記事があったような気がします。