2020年5月14日木曜日

コロナ後の世界

 コロナ前もコロナ後も老人の生活はさほど変わりません。用心はしていますが、食料品や日用品のの買い出しにはいかなければなりませんから。
 相変わらず、その合間を見つけてはインターネットで最新のニュースやブログを見ていますが、その頻度はさすがに多くなりました。興味があるというのは不遜な言い方ですが、自分の身に降りかかったサスペンスのような気がするのです。どうやって避けるのか、どんな症状になるのか、それらを参照にして身を処さなければならないのです。
 ニュースや特別番組の中でも特にこの頃『コロナ後の世界』という言葉が多くなった気がしますが、どんな世界になるのかと興味があります。
 イスラエルの歴史学者のハラリさんがいう、知らず知らずのうちに操られてしまうという未来の世界はとても想像もできないし、住みたいとも思えませんが、世界の状況を見ていると、これから格差はますます大きくなるかもしれないとは思えます。
 株を見ていても、リーマンの時のようには下がらないのを見ると、お金持ちはまだお金を持っているのだろうし、仕事のなくなった人たちはどうやって生活を再建していくのだろうかと気になります。ハラリさんの言う二極化です。
 悪い予感にはらはらしながら、怖いもの見たさにどんな世界になっていくのだろうかと薄目を開けてニュースを物色しています。
 今の段階では、とりあえずは身辺整理をして身軽になり、無駄なものにお金を使わないように、必要なものに使えるように、心して準備しておこうと思っています。

2020年5月6日水曜日

コロナ狂騒曲

 このゴールデンウイーク、皆さん、協力して外出を自粛したようです。
 私は毎年この休みを、夫のほとんど休眠会社の申告書作りに充てていたので、いつも通りの休みで、ゆっくりできましたし、旺盛になって来ている草抜きにも時間が取れました。
 前の週は真夏並みに気温が上がり、我が家の豆も大きくなりましたが、草も見る見る大きくなったのです。当然のことながら衣類の出し入れもしました。
 で、今週は雨も降り、平年並みの気温に戻り、仕舞った衣類を引っ張り出す始末です。
 いわゆる季節の変わり目で、体調を崩すことも普通なのですが、今年は気圧や気温の大幅な変化で、頭痛がしたりとか、疲れやすいとか、きょうなどは鼻水が出たりすると、コロナかなと不安になったりしてしまいます。
 今までに、テレビで、その症状や熱や対処の仕方などの情報をいっぱい仕込んでいるので、ある程度は自分で自己診断ができ、この症状は違うなとは思うのですが、症状のない人もいるそうですから、もしかしたら、私も知らないうちに罹ったかもしれないと思ったりして、知らないうちに抗体ができていたというマドンナさんをかえって羨ましく思ったりもしています。
 まさに狂騒曲です。

2020年5月2日土曜日

コロナまたコロナ

 本当のことを言うと、毎日、感染者数と死者数と、株式、為替、住宅価格、そして世界の動きを見ています。やっぱりコロナで、世の中がどんなふうに動いていくんだろうなと気になりますよね。気になる以上に自学の興味ですかね。
 もちろん、恐怖もあります。今、岡江さんのように私が死んだら、みんな困るだろうなと心配があります。やはり、気が小さくてもゴッドマザーがいなくなったら、我が家も大変なんです。しかも、志村さんと同じ年ですから。
 国が10万円を分けてくださるそうですが、我が家は年金受給者二人とフリーランスが一人、年金受給者は収入が減らないからあげなくていいのではないかと言っていた識者がいまして、私も最初はそうかなと思いましたが、今私は今後罹患した時のためにいただいておこうと思っています。
 普段、私は自助努力であまり好きではない運動に時間を割き、お医者にはいかないようにしているのです。だから国民健康保険は、毎年寄付していると思っています。本当のことを言うと、三割の自己負担も重荷だった時がありまして、行かないようになったのですが、でも、それくらいでよかったと思っています。薬害にも会わないし、時々サプリメントで騙されたと思うことも経験しましたが、自分の意志ですぐに止められました。自分の身体観察も敏感にできるようになりました。
 この十万円、他に困っている人もたくさんいるだろうけれども、罹患しても死なないために、ゴッドマザーの私には必要なのだと結論付けたのです。

2020年4月23日木曜日

自学ノート 

 『自らテーマを見つけて学ぶ「自学」を小3~中3までの7年間、人知れず続けた少年の記録。昨年の「子どもノンフィクション文学賞」大賞作を基に描くドキュメンタリー。』
 NНKの番組で、何かの拍子に一部見たような気がしたのですが、内容を把握しないまま、ただちょっと私に似てるような気がしてずっと気になっていたのです。それで、ネットで調べて、いつか見ようとお気に入りに入れておいたのです。それを今回見てみました。
 その中で、詳しく内容を説明し、私見を書いておられる『思泳雑記』というブログ『2019.12.15 Sunday「自学ノート」に励まされてーNHKスペシャル『ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~』ー』を拝読させていただきました。
 この自学ノートの説明もよくわかり、梅田明日佳君のあり様もお母さんの心情もよくわかり、きっと自分で番組を見るより深く心に響いた気がしました。
 それに加えて、70代のこのブログの書き手が、このブログを自身の「自学ノート」として書いていられるということに、やっぱりああ、同じだと思ったのです。
 この方は、実際にいろいろ勉強されて自学ブログを書いていられるようですが、そんな暇は幸いにもないと豪語する勉強嫌いの私は、自分と摩擦のあるものに触発されるように、「真実とは」と大上段に構えて、生意気にも憂さ晴らしをしている感じです。それでも、図々しくも表現することによって、『わかった』と思えることは多々あります。
 この歳になると、自学も大ぴらにできますし、その時間もゆとりもあるのです。しかし、件の少年は周りの意見に左右されがちな年代に自分の心の声に従って、興味のある問題の本質を見極めようと自学を続けてきたのです。『ああ、私もそうすればよかったな、そうすべきだったな』と、人生も終盤に差し掛かったものとしてはうらやましく思います。どうせ私も『オタク』っぽかったのだから。
 そうは言っても、人生は誰にとっても、幾つになってもこれからです。しがらみや優柔不断さを断ち切って、心の赴くままに真実を見極め、苦手な『人とのかかわり』を見据えていきたいと思います。

2020年4月17日金曜日

つながりたいのかな

 コロナで身の回りがせわしなく、忙しくなってくると、ブログのネタもなかなかキャッチできません。結果、書くことは短いエピソードになってしまいます。
 コロナ注意報にもかかわらず、二日に一遍くらいス-パーに水を貰いに行くのですが、そこである出来事に遭遇しました。
 前に汲んでいる人がいたので、後ろに並びましたら、向こう側にも並んだ人がいました。いっぱい買い物をしたらしく、カートは箱で山になっていました。
 幸い、私側の前の人が終わったので、そのまま、そこで汲み始めましたら、山盛りのカートの人が、私の隣に近づいてきて、耳のそばで言ったのです。
 「おばさん、私より、先だっけ。」
 私はびっくりしましたが、確信があったので、「そうよ」と言いました。
 やがて、隣も空いて、その人も汲み始めましたが、その人は一本だけ汲んで、その帰り際に、「年寄りは遠慮がないから」と聞こえよがしに言っていきました。
 『なんだろうね』と思いましたが、こういうことって、後々まで気になるのですよね。
 最初に思ったことは、『なんて礼儀知らずな』でしたが、だんだん、『あの人はこんな嫌味なことを言いながらでも人とつながりたいのかな』と思い始めました。『誰にも相手にされないのかな』、『私なんて、できるだけ人と関わらないようにしているのに』。
 二日ほどして、それでもなお心に残っていて、『そういえば』とまた考え始めました。『あの時、彼女は一本しか汲なかった。確かに彼女は後から来たのだけれど、もしかしたら、彼女はたくさんのボトルを持ってきていて、ある本数を汲んで、後ろに並びなおしたのかもしれない。ボトルは見えなかったけれども、あのたくさんの段ボール箱にそれが入っていたのかもしれない』と思えてきました。『ちょっとどこかに行っていたのかもしれない』
 彼女を悪者にせずに、これで私も納得しました。
 でも、黙っていればいいだけなのに、きっと損な役回りをしているのだろうなと思ってしまいました。 

2020年4月11日土曜日

人は死ぬために

 本当はこんなことは書いてはいけないのかもしれないのですが、歳を取ってくると自然に出てくる考えですよね。
 特に、あの強靭なアメリカで、いとも簡単に何千人もの人が死んでいくと聞くと、そういえば、私の人生でもいいことばかりはなくって、夢に描いたことはほとんど叶わず、(これ、私の意気地なさと欲張りのせいがほとんどなんですが)、あとは家族の役に立ちながら、死ぬのを待つだけという感じです。
 どうせ死ぬなら、家族の役に立ちたいと、今更ながら思ったのです。そして、長崎の牧師さんが訪ねた男性のように、自分の都合は言わないことにしたのです。

2020年4月3日金曜日

筋肉と脳の関係

 相変わらず、自己中の私見ですが、足は第二の心臓、腸は脳の一部といわれますが、筋肉と脳にも関係がありそうに思えてきました。
 週一、二のテレビヨガから初めて毎日ヨガになり、もう六年目を迎えた話は何度もしていますが、本当に体が変わってきた感じがします。
 「きっと、体が変わっていきますよ」という言葉を眉唾で聞きながらやっていたのですが、結局、最低でも5年はやらないと実感できないということですね。
 ポーズが全部できるようになったということではなく、できるポーズが多くなり、できる深度というか、精度が高くなりました。
 例えば、「スキのポーズ」は足先が頭の上方につくわけではないのですが、要求された回数だけひっくり返ることができ、以前にも書いた「春風のシークエンス」が型通りできるようになりました。もちろん、できないものもあります。例えば、「鶴のポーズ」はあと5年かかってもできるかどうか。さらに、上級者向けのシークエンスは後10年かかってもできるかどうか。
 それは考えないことにして、今一番欲しいのは、骨盤と肩の柔らかさです。これをもう少し何とかしないと、足を組むポーズや背中で上下の手を結ぶといったポーズが相変わらず中途半端にしかできません。これはあと5年やればできそうな気がします。
 で、何が変わったかというと、やはり、筋肉がついたということだと思います。ひっくり返るためには、体幹の筋肉がつかなければできませんから、腕や足の筋肉とともに、腹筋や背筋も、見えませんがついてきているのだと思います。
 おなかを触ってみると凹んだような気がしますが、腹囲はあまり変わりません、これ、腹筋、背筋が太くなったのだと思います。体重は同じです。体形は変わっても筋肉が増えると重くなります。つまり洋服は確かにゆるくなっている感じがするのですが、脂肪より重いといわれる筋肉のせいでそんなに変わりません。
 で、それが脳とどう関係してくるのかというと、動きが雑ではなくなったような気がするのです。以前、筋肉がないときは、いつも乱暴な動きしかできないような気がして、自分で恐怖感を持っていたのですが、今は体がスムーズに動けることで、雑な思考もなくなって、気持ちが柔らかくなった気がします。
 これって、いつもスポーツ選手に感じていたことでした。皆さんとても繊細に考え、話し、行動しているなと思っていたのです。つまり、体が細かく動けることによって、頭、つまり脳も細かく働けるようになるような気がします。
 今回、これを実感して、やはり、スポーツは若いころからすべきだったと思いました。