2025年8月30日土曜日

 温冷浴

 この間、血行を良くするために足湯をすると書きましたが、夏場でも足湯は気持ちのいいものです。心臓に遠い足の先はそれだけ血行が届きにくいのでしょう。

 ところが先日、娘に誘われて行った公共の小さな温泉施設は内湯と外湯の他にサウナと水風呂だけでした。普段、サウナには入らないのですが、他に入るところがないので、入って体を温め、暑いけど水風呂はちょっと無理だと思って、タオルを浸して体にかけました。2、3回繰り返していると、とても気持ちがよくって、いつまでもいられそうな感じでした。

 その日から足の調子が格段に良くなった気がして、また行きたいと言って娘を困らせています。

 よくよく考えてみますと、これって温冷浴ですよね。

 昔ドジャーズに行った、黒田投手が、「温冷浴はやったほうがいいよ」と若くて遠慮がちだったカーショー投手にアドバイスしたと聞いたことがありましたが、今考えると血管の話なのかと分かります。

 つまり、温かくなって広がった血管を冷水でキュッと引き締める。つまり、人為的に血管を動かせるわけです。

 ここまで思い至って、でも全身的には無理かなと気持ちが引っ込みます。

 そこで思い出したのが足湯です。足湯だけでなく手もできるかもしれないとも思いました。そこでやる気満々で構想を練りだしました。『いつやるか、今でしょ』。

 今までユーチューブを見ながら家にある何種類かのマッサージ機にかかっていましたが、そのうちの一つにこの手足の温冷浴も入れられる、足湯の隣に水を入れた洗面器を用意しておけばいいだけでしょ。

 そうすると、お風呂の場合でも、最初はぬるいお風呂に入って、それから温度を上げていき、出るときにぬるい湯をかける。老人は冷水はチョット怖いのです。夏場でも冬場でも妄想の中だけではできそうです。あとは実行あるのみ。

 こうして足腰の痛みを取れるうちに取っておかないとますます進行してしまうような気がします。甘やかしてかばっていると、ますます動きづらくなってくる経験もしましたし、少し良くなってきたこの機会に、もう一歩先へと工夫をしてみようと思います。

2025年8月20日水曜日

 ストレス

 今までコンピューターで、不安定ながら自由に仕事をしていた娘が、先行きに不安を感じたのか、一念発起して、副業を始めました。雇用の不安なアメリカではほとんどの人が副業をしていると、ニューヨーク在住の服飾関係に勤務するユーチューバーが語っていました。

 日本でも江戸時代なんかには、例えば、表向き呉服屋で、裏で高利貸し、儲けたお金で土地を買って農業、大家と総合商社のような家もあったと、歴史家の夫が話していましたが、それを何とか渡世というのだと聞いていましたが、上の空で聞いていたので、もしかしたら『農間商(い)渡世』というのだったかもしれません。

 そうゆうわけで、体を動かす肉体労働に就いたのですが、まあ大変、足が痛いと、靴は十足以上買ったでしょうか。私もおこぼれの靴を一足もらいました。

 そうして一年が過ぎ、最初は靴や服でストレスをごまかせていたものが、だんだんごまかしきれなくなって、私と口喧嘩をするようになりました。私が言い返すと、「お母さんもさんざんお父さんと喧嘩していたじゃない」と言います。そうかなと最初は思いましたが、同じことは上の娘にも言われたことがありました。

 『そうだったかもしれない』と今は思います。夫婦ってきっとお互いにストレスだったんだなあと今はわかります。私だけではなく好き勝手をしていたように見える夫もまた、好き勝手がストレスのはけ口だったような気がします。

 知り合いにご主人をなくしてひどく落ち込んでいた女性がいますが、きっと本当に仲良しだったのだろうと思いました。慰める言葉もないので、「どっちが先に行った方がいいかだよね」とか意味の分からない話をしました。

 私が内臓の手術をした時、わが家の夫も『こりゃ大変』と、それ以来自分の飲む薬の管理を自分で始めました。配偶者の死というのはお互いに独立する機会なのかもしれません。

 で、今はもう私にストレスはないかというと、そんなこともないと思います。相変わらず対人恐怖症で、人とはあいさつ程度の関係ですし、ちょっと何か余計なことをしたり言ったりすると、あとでひどく後悔します。想像力が逞しいと落ち込みが余計増幅するんだなどと自己弁明をしています。

 では今はどうやって平静を保っているのだろうと考えると、ユーチューブですね。ユーチューブサーフィンしながら、まるで近所隣の愚痴を聞いたり、内情を探ったり、一緒に不正を憤ったり、新しい知識を得たりと、兵庫からウクライナまで興味ある所にはどこにでも行けます。でもパレスチナはだめです。宗教戦争は手を差し伸べることもできません。

 そしてストレスの発散は、誰にとも言えない、かってなブログです。聴いてもらってもいい、聞かなくてくれてもいい、勝手な妄想と打ち捨ててくれるのが一番いい。でも、見てくれた人が一人でもいるとなんとなく安心する。ただ、私の勝手な妄想がその人のストレスにならないことを祈るばかりです。

2025年8月18日月曜日

 前川喜平さんとへずまりゅうさんの話

 今朝、フィフィさんがへずまりゅうさんの愚痴を聞いたという動画を見て、十年くらい前の前川喜平さんのことを思い出しました。

 的確で攻撃的なな物言いで近頃時々ユーチューブでお見掛けするフィフィさんですが、そこに迷惑系ユーチューバーとして有名だったのに、改心して鹿を守るために奈良県で市議会議員になったへずまりゅうさんが、『あまりにも行動を否定されるので、気持ちが沈む』と相談をしたらしいのです。

 その否定者の中には前川喜平さんもいたということで、つまり、奈良県出身の前川さんは迷惑系として有罪にもなっているへずまりゅうさんが市議に選ばれるなんて想像もしていなかったという事らしいです。ここで前川喜平さんが出てくるなんて、私も想像もしていませんでした。有名になった2017年1月20日の文部科学省天下り問題で懲戒処分を受け、同日付で依願退職した、その記者会見を私も見ていたのです。

 ここで私も人物像がいまいちわかっていないので、ちょっと調べて見ました。

 フィフィさんはエジプト人の両親のもと、日本で育ち、この日本人ファーストの移民問題が取り上げられている中、日本に帰化したそうです。多くの職業を経験した後、タレント、ユーチューバーとして最近頭角を現してきています。 

 へずまりゅうさんは『チョットね』と、私でも思うくらいの経歴です。『2025年現在、彼の収入構造は複雑かつ多岐にわたっている。TikTokやYouTubeライブ配信による“投げ銭”では月に200万円以上を得る月もあり、年収は2400万円クラスに到達するとも言われている。また、リオグループというキャバクラ系企業のPR業務によって、別口で月収100万円以上、年収ベースで1200万円相当を稼ぐ構造も存在。さらに現在は奈良市議という公職にも就いており、議員報酬+政務活動費の形で公的収入も発生している。つまり、迷惑系から生まれた“総合型メディア・タレント・政治家”としての複収入構造が成立しているのだ。』更には格闘技にも挑戦だそうです。

 それに前川喜平さんがかみついたとしても、私としてはどっちもどっちでしょと言いたくなります。彼は文部科学省天下り問題で懲戒処分を受けただけでなく、出会い系バー通いでも問題になっており、『「ドキュメント番組で女性の貧困について扱った番組を見て実際に話を聞いてみたいと思った。話を聞く際に食事をし小遣いをあげたりしていた」「そこで出会った女性を通して女性の貧困と子供の貧困が通じていることがわかった。実地の調査の中で学べることが多く、ああいうところに出入りしたのは意義があった」と述べた』と報じられていた。

 『週刊文春は前川が会っていた女性や店員への取材で前川と女性の間に怪しげな関係はなく前川の説明は事実であったと報道した』。のちにはその女性の証言もありました。

 当時の私はこれが本当のことだと信じていたのですが、その後の証言や前川氏の行動などを見ていると、『この人は』と思うようになりました。本当のことはわかりませんが、何度も同じ女性を誘っていることなどを考慮すると、そんなはずはないと思うのが当然でしょう。よその家庭のことですから、とやかく言うことはできませんが、嘘つき男はいるものです。玉木さんの例もありますから。そういえば二人とも東大でした。

 へずまさんはまだ若いので、これから先どのように変化していくかわかりませんが、フィフィさんも大変な相談を受けてしまったようです。

2025年8月17日日曜日

 AIの歌

 この頃、ユーチューブサーフィンをしていると、ハッとさせられる歌に出会います。最初のうちはたまにだったのですが、この頃は頻繁に出てきます。でもどこか違和感があるのです。

 確かにとってもいい歌なのです。音程も外れないし、スムースにそれこそ流れるように歌われていきます。画面は私が好きで見ているゴットタレントのようですが、審査員が似て非なるものがありました。とても感動的な歌で、聞いている人たちが涙を流しているのですが、どうも涙が固まっている気がしました。流れていないのです。

 で、何べんも聞いていまして、やっとその英語の歌詞がわかるようになってきまして、そのいくつかのフレーズをつなぎ合わせると、『私は家庭を持った。その家庭を支えるために一生懸命生きてきた。やがて日は流れ、息子は成人し、飛び立ってしまった。彼に翼を与えたのは私だけれど、私は今、歳を取り、一人になり、あちこちに痛みを抱えながら、こうしてステージに立って歌っている。お金のためではなく、名声のためでもなく、ただドアのところで待っているよと伝えたくて。』

 正確ではありませんが、私も泣きながら聞いている歌詞はこんな意味でした。皆さんが泣いているのがわかります。

 ごく最近、この歌をAIで作った人の顔出し動画がありました。本当に歌った人の映像も見た気がします。でもこのAIの歌手さんと歌は別格でした。なめらかで一分の狂いもないのです。よく見ると、他にもありました。子供が事故にあったお父さんに教わった歌を歌っていたり、とにかく誰が歌っても音程の乱れもなく、別格なのです。AI、恐るべしです。一体どんな仕組みなのでしょう。見てみたいものです。

2025年8月12日火曜日

 私の感じること

 2025年の夏は今までになく暑くって、40度越えが続出でした。地球はどこに向かって行っているのでしょう。

 暑いと活動範囲は抑えられます。そうすると頭の中で感じることが多くなります。

 で、思い出しました。昔、ドイツ文学を専攻した人たちがカフカの『変身』の話をしていたのです。私は聞いたことも見たこともありませんでした。そのうち何かの拍子で聞きかじったことには、ある男の話、両親と妹と住んでいた、ある朝突然、大きな虫に変身してしまった。みんなに気味悪がられ、やがて死んでしまう、というものでした。

 ここにどんな意味があるのだろうと考えましたが、やがて、人間も虫と同じだと思うようになりました。長く土の中にいて、やがて出てきて脱皮し、木に登り、大音量で鳴き、気に入らなければ飛び回りもする、いつの間にか子孫を残し、やがて一週間もすると死骸となってアリに食べられている。

 そんな人生の中で何を大切にするべきか。私は感じることを大切にしたいと切に思いました。特に、兵庫県の斎藤知事が反対派の妨害にあいながらもあんなに一生懸命に、未来の子供たちのために、兵庫県のためにとやっていることに感動しました。どうしてあんなにいじめにも似た反対をするのでしょうか。反対派の人達の気持ちがわからなくて、いろいろ推察してみました。

 まず、チダイさんたちはお金をどこかからもらっているのでしょう。そのお金はどこかの政党から来るみたいです。そのお金が若い難波さんやアルバイトの老人たちに渡されて、反対派が形成されているみたいです。その政党にはそれをすると得をする各種天下り団体、会社、外国、個人などから寄付金として集まってくるようです。皆さん、それをすることは正しいことだと思ってやっているのでしょうか。そうじゃない、計算でしょ。これをこうすると権力やお金が自分たちに回ってくる。みんな正義のために働いているわけではなくて、自分のところに落ちてくるお金を計算して動いているのです。

 難波さんは神戸大学を出ているのですよね、確か。いつか気づいてくれるのではないかと願っています。計算書の先に正義はない、感動こそが真実なんだということを。まあ、計算の苦手な私は特にそう思います。

 NHK党に出資した造船太郎さんが一億五千万を溶かしてしまったと嘆かれたという話を漏れ聞きまして、確かに同情はして、本当のことはどうなのだろうと探して見ました。そりゃ大金だからと思いましたが、ご本人の言い分を何本かのユーチューブが載せていました。要は『自分はこれから先もお金のことと自分のことしか言わないかもしれないが、立花さんやNHK党の人達は違います。皆さん本当に正義のために戦っているんです』というようなことをおっしゃっていました。20そこそこの若者の真実の感動だと思います。本当に頭のいい人だと思ったのは金融のことも自分で実践で学ばれているようです。どうやったら、既成の色を付けずに自由に子供を育てられるのか親御さんも頭のいい方たちなんだろうなと思いました。

 で、最近中島由美子先生たちが始められた「斎藤知事勝手に応援署名」をメールでしました。あのシステムを作るのも大変だったでしょうが、署名をするのも一苦労です。でもきっと私の感動の一票も入ってますよ。