2022年12月24日土曜日

 やせがまん

 『追悼・山本圭さん 共演した羽田美智子が偲ぶ「自分に厳しく、人には甘く優しい人」』という記事の中で、『女房が病気ということは言いたくないんだ。心の中に留めといてくれ』って。同時期に野際さんからも『病気のことは隠しといてね』と言われたのです』というくだりがあります。

 野際さんも山本圭さんも、もちろん羽田さんも成功した一流の俳優さんたちです。『仕事に成功した人たちはこういうやせ我慢をしているんだなあ』と思いました。

 すぐに『ケガをした、あそこが痛い』と、嫌なことから逃げ出す算段をしていた若いころの私は本当に『不熟につき』だったと思います。

 さすがにこの歳になって、世の中を見、考えるようになって、痛いところはふえましたが、言い訳はしないようにしています。たいていの頼まれごとは引き受けるようにしています。

 『心の拠り所』の続きですが、長崎の牧師さんのお母さんの話、牧師さんがきつい仕事に音を上げて愚痴を言ったとき、「つらいとか苦しいという言葉は神様にだけ言うのだ」と諭された話。私の周りの人たちはみんな優しくって、「つらいか、たいへんか、いいよ」という人たちが多くって、とまた言い訳をしてしまいそうです。きっと、苦言を呈してくれる人たちからは離れていって、自分の殻に閉じこもったのでしょうね。

 だから、私の『心の拠り所』は、亡くなった両親だったり、祖父母だったり、甘やかしてくれた人たちばかりなのでしょう。

 それでもこれを持っていると『やせ我慢』もできるのではないかと思います。

2022年12月20日火曜日

 ドラマの話、執事 西園寺の名推理

・原作はなし。

・パーフェクトすぎる執事による最高のミステリー・エンターテインメント。

・出演者は上川隆也さん、八千草薫さん他。

執事 西園寺の名推理(2018年、テレビ東京)テレビ東京系「金曜8時のドラマ」枠で放送されたテレビドラマシリーズ。

 『執事とは―

ハウスキーピング、食事やお茶の給仕、新聞のアイロンかけから、テニスのお相手はもちろん、使用人の監督、財産の管理まで、お屋敷におけるすべてを仕切ります。それも、極めてスマートに…。ご主人様にどうしたら喜んでいただけるか常に気を配り、フル・オーダーメイドで、あらゆることをこなす、“究極の秘書”です。』

 『主人公・西園寺一は、「パーフェクトな執事」と言われる男。

計り知れない能力と、完璧な心配りで、主人のいかなる望みにも応える“名匠”であり、絶対的な忠誠を貫く、現代の“騎士”です。そんな西園寺が仕えるのは、アフタヌーン・ティーがよく似合う、優雅で上品な“奥様”。

好奇心旺盛で少しだけ天然キャラ、「守ってあげたい」オーラいっぱいの貴婦人。

西園寺は、当家の主人が亡くなる前からここに仕えており、奥様と深くて厚い信頼関係で結びついています。

奥様の為なら、文字通りたとえ火の中、水の中、すべてを賭して尽くします。』

 『そんな二人が、殺人事件に出くわします。

事件に疑問を感じた奥様の意思を汲んで、西園寺は独自の捜査を始めます。

もちろんいくら有能な執事とはいえ、事件捜査には素人のはず…ところが、西園寺に不可能はありません。その知識と能力で、鮮やかに事件の謎を解き明かしてしまうのです。

パーフェクトすぎる執事による最高のミステリー・エンターテインメントをお楽しみ下さい。』

とネットで調べた説明文にはありました。

 伊集院百合子役、これが八千草薫さんの遺作なのではないかと思っていましたが、『やすらぎの刻〜道(2019年 - 2020年、テレビ朝日) - 九条摂子役』が遺作だそうです。

 で、なぜこんなに現実味のない、嘘っぽい作品が好きかというと、主演の上川隆也さんが名優であることは間違いなく、嘘を嘘と感じさせない演技力があるからです。そして、八千草薫さんは亡夫の憧れの女優さんで、亡くなるまで、堅実な演技を見せてくれていました。

 それと、この『献身』というテーマに、この歳になって気づくところがあったのです。

 まあ、伊集院家が大金持ちで、生活に困らないから、亡くなった旦那さまがあちこちで人助けをして、さらに、奥さまである百合子さまが老後の生きがいのように人助けをしている。それは人生はそうでもしていなければ、時間を持て余してしまうだろうし、生きがいを感じられないだろうと思うのですが、この優秀な執事はどうして、こんなにも献身的に奥さまに仕えていられるのだろうと思ってしまうからです。ゲスな私等は、「奥さまの遺産は当然執事たちの元に入るだろう」などと思ってしまいがちですが。

 『私は奥さまの執事ですから』という歯の浮くようなセリフをいうのは、決して下心があるからではなく、本心なのだと気が付くと、なんとなくわかってくるものがあります。つまり、この献身も西園寺一の生きがいなのだと。奥さまの信頼にこたえる献身以外に、彼の才能をかけるような生きがいがないのです。

 百合子さま亡き後、西園寺はどうしているだろうかと気になってしまいます。

 運転免許証

 私は今74歳ですが、亡夫は74歳の時に運転免許証を返納しました。亡夫は脳梗塞をした経緯がありましたが、運転はできていましたので、どうしようかと話し合いました。脳梗塞をした人には『主治医の許可がいる』という一行がありましたので、『先生に責任を押し付けることになってしまってはいけないだろう』という結論に達しました。 

 それからは私がどこへ行くにも運転手をしたのですが、今まで思い通りに出かけていた人がいちいち都合を聞きながら、乗せて行ってもらうという生活は、見ていても元気を削ぐような気がしました。

 亡くなる80歳の頃には、少し認知症気味になっていて、免許証はなくてよかったと思いましたが、運転免許証って、ある意味、元気の素、現役の印のようなものだったのではないかと、今自分がその判断すべきあたりの歳になって、『どうするか』となった時に未練が出てしまいます。

 友人は旦那さんに頼って、「もう運転はしない」と言っていましたし、近所の男性は「75歳で返納すると決めていた」と言っていました。また、近所の女性も「そろそろ、返納しようと思う」と言っていました。

 ニュースでも、老人が加害者となった事故のニュースが大々的に取り上げられるので、プレッシャーになります。でもこの間の人は、老人と言っても60歳だったみたいです。だから、年齢はあまり関係ないのです。

 多分、友人も近所の方たちも、脳梗塞とまでは行かなくっても何かしら体の不調を感じて気弱になったのだろうと推察します。というのは、私も今年の暑い夏の盛りに、運転をしていて貧血症状に見舞われたのです。『止まるべきか、どうしよう』と思いながら、深呼吸をして乗り切ったことを鮮明に覚えています。『事故が多かった』と書いた暑い夏のことです。

 それ以来、私の運転と体調管理はさらに慎重になりました。体調不良の娘に代わり孫の送り迎えをしている私は、今、免許証を返納するわけにはいかないからです。思うに、体調不良の娘も、運転していて不安に感じるときがあったから、運転をしなくなったのだろうと思われます。隣に誰かが乗っているときは運転することもあるのですから。

 で、結論としては、体調管理を万全にして、車間距離を十分にとるなど、安全運転を心がけ、後、2、3年したら、自動ブレーキのついた車に乗り換えることにしようと思います。

 あと、2、3年、頑張らなくては。

2022年12月15日木曜日

 心の拠り所

 私が『宗教は詐欺だ』と思っている話は何度も書きました。

 でも、心配事はいつもついて回っています。そんな時、私は、『あの人はどうやってこれを乗り切っているんだろう』と思います。

 私の場合は、亡くなった人に話しかけます。父だったり母だったり、気の合わなかった姑だったり、近頃は夫だったり。生きているときは心配を移し替えてしまうようで言えませんでしたが、今は想像の中なので、遠慮なく言えます。もちろん答えは返ってきませんが、それで、自分もそれなりの覚悟はできるような気がします。つまり、『なるようにしかならない、後は野となれ山となれ』という事ですが。

 私のアメリカの友人は、とてもしっかりした頭のいい女性ですが、彼女もそんなに宗教にこだわっているようには見えません。

 最近、『ウクライナの人たちが心配ですね』とメールを交換し合った時に、『私も窓にろうそくを灯している』と返事がありました。そう言えばと思いました。何か心配事があると彼女は窓にろうそくを灯していました。「これは昔、開拓者たちの家族が、暗くなってしまってもまだ帰って来ない夫や父を心配し、『我が家はここよ』と知らせるために窓に灯したのよ」と教えてもらったことがありました。そう言えば、『大草原の小さな家』でも雪の中を帰ってくるお父さんを待ちながら、窓にランプを灯していたことを思い出しました。

 人や宗教に頼っても仕方がないことでも、人は心の不安を何かに移し替えたいのですね。でないと精神的に参ってしまうから。なんでもいいのです。お化けでも、ろうそくの火でも。でも他人はダメです。不安を増幅したり、他人を押しつぶしたり、宗教家でもお医者さんでも親身にとらえて同調する人だったら、長くやってはいけないでしょう。

 お医者さんは科学的にとらえるしかないのです。そして宗教家は移し替える場所として神様仏様を持ち出すのでしょう。

 人と同じではなくてもいいから、自分の心の移し場所を持っていることは強みのような気がします。

2022年12月6日火曜日

 コロナ感染拡大、再び

 中国で、コロナ感染阻止の厳しいロックダウンで、死者まで出て、習近平さんや共産党を批判するデモが全世界で起きました。

 国の中枢としては 何とか国民を守るという気概の下に、できるだけ厳しくと思っているのでしょうね。下の人たちはその命令を守るのが自分たちの務めと思って、広範囲に検査を行い、疑わしいものを発見すると、街中を消毒して、国民をまるで囚人のように閉じ込めたのでしょう。囚人の方が食事を与えられるだけまだましという話もありました。想像するだけできつい話です。

 我が家のようなアレルギー家族では、その消毒の段階ですでに病気になるか死んでしまうでしょう。つまりコロナ以前に、食料不足で餓死する以前に、閉じ込められる以前に息ができなくなるはずです。

 それが、人間の多様性を認めないたった一握りの人々の考えで強制的にいきわたってしまうという事は、考えてみれば恐ろしい話です。

 他方、日本はというと、ゴ―ツートラベル等コロナの規制が少し緩和されたと思ったら、またぞろ新規感染者が増えてきました。ワクチン接種も大分行き渡ったので、大丈夫だろうという判断もあるのでしょう。

 でもです。コロナ経験者としては、なぜこんなにpcr検査が有料だったり、受けづらかったりするのだろうと思います。なぜ、まずお医者さんに行って、怪しいと判断されてからでないと受けられないのだろうと、外に並んでpcr検査を受けている中国の人々を羨ましく思いました。まず、よっぽど痛くないとお医者に行かない私は絶対に受けられない仕組みです。

 それで、我が家では一人だけがpcr検査を受けました。陽性だったので保健所に通達されたと思いますが、自宅隔離でした。ほかの家族も高低の差はあるものの熱が出たので、新規感染者だったと思います。私は7、8度だったので、のんびりと寝たり起きたりして過ごしていたと前にも書きました。つまり我が家では6人感染して、自宅隔離をしていても、新規感染者と記録されたのは一人です。つまり、自治体の広報などで、新規感染者として出ている人数は眉唾なんじゃないかと疑ってしまいました。我が家の基準に合わせれば、その6倍はいるという事になります。

 それもこれもpcr検査が受けづらい仕組みになっているからです。まあ、どうせお医者に行かない私にとってはいいことですし、このざるの様な仕組みが自由主義のいいところなのでしょう。

2022年11月23日水曜日

 人助けの記録

 『手を差し伸べたのは日本のみ…歴史に埋もれた知られざる“ポーランド孤児”救出の軌跡

第29回FNSドキュメンタリー大賞』という見出しを見て、ウクライナをずっと見ていて何もできないおばあさんとしては読まないわけにはいかなくなりました。

 そういえば、昔「シベリア出兵」という歴史を学んだ気がしますが、結局何のために出兵したのか、ずっと疑問に思っていました。あの頃の話のようです。『「シベリア出兵」とは、1918〜22年にかけて、日本、アメリカ、イギリス、イタリアなどが、シベリアに軍隊を送ったできごとです』。

 ポーランドは『1918年11月11日に第一次世界大戦が終結すると、ヴェルサイユ条約の民族自決の原則により、旧ドイツ帝国とソビエト連邦から領土が割譲され、ユゼフ・ピウスツキを国家元首として共和制のポーランド国家が再生した。

 1920年にはソビエト連邦に対する干渉戦争の一環としてソビエトへ侵攻し、ポーランド・ソビエト戦争が発生した』。それに勝ってしまったため、『この戦いでソ連各地にいたポーランド人が迫害の危機に陥り、子どもたちだけは母国へ戻したいとウラジオストクのポーランド人により「ポーランド救済委員会」が設立された。1919年にポーランドと国交を結んだばかりだった日本は、人道的な見地から救済に乗り出した[14]。同時期に、シベリアやソ連にいたユダヤ系ポーランド人により「ユダヤ人児童・孤児の救済」は全世界に向けて救援援護を発信していた。ソ連の占領下では、100万人以上がシベリアや中央アジアに強制移住させられた』。

 前に『マーラが与えた人生』で見たラトビアやエストニアの話と同じですね。

 ところが、『ポーランドは1939年に第2次世界大戦が勃発し、西からナチスドイツ、東からソ連に占領され、国が消滅する。1945年、ドイツが降伏して戦争が終結するが、その後はソ連の影響下に置かれ、長い間抑圧を受けた。民主化を果たし、ようやく自由を手に入れたのは30年前のことだ』。そしてその時にはもう、日本が救済に乗り出した話は忘れ去られてしまっていたのだそうです。

 その話が再び脚光を浴び、掘り起こされるきっかけになったのは、『2002年、平成の天皇皇后両陛下がポーランドを訪問された際、首都ワルシャワの日本大使公邸に高齢のポーランド人たちが集まった。彼らは、元ポーランド孤児たちで、両陛下に感謝の言葉などを伝えた』

 当時通訳をしていたポーランド在住のジャーナリスト・松本照男さん、『松本さんとともに調査したポーランド国立特殊教育大学のビエスワフ・タイス教授は、「1945年以降のポーランドでは、シベリアを含め、ソ連を政治的に悪く言うことは禁止されていました。ポーランド孤児の話は、この禁止項目に触れていたのです」と明かす』

 『映画監督のエバ・ミシェビッチさんは、生前の孤児にインタビューして映画を作り、そのオリジナルテープを残していた。』

 こうして『100年前の事実を解き明かすため、取材を続けること6年。忘れられた歴史を今に伝える貴重な資料が次々と見つかった。そこからは“親のいない子どもたちを慰めようと各地から寄せられた善意”“伝染病に感染した子どもを救うため命を懸けた若き看護婦”といった私たちの知らない100年前の日本人の姿が浮かび上がってきた』。

 こうして寒いシベリアで、預けられた孤児たちはウラジオストックから三回に分けて越前敦賀港につき、合計760名あまりが大阪と東京の受け入れ先で、養生し、無事欠けることなく故国に帰ったのだそうです。

 こういう人助けの話をたくさん子供たちに聞かせてあげれば、戦争をしたり、いじめたりする人たちは少なくなるのではと思うのは老人だからでしょうか。

2022年11月19日土曜日

 ドラマの話、『ザ メンタリスト』

 ギャオで放送されるたびに見ています。だから、シーズン2と3は二回ずつくらい見ています。何度見ても面白いのです。

 主人公のパトリック・ジェーンを演じるサイモン・ベーカーがハンサムだからかというとあまり私の趣味ではありません。それでも引きずられるように見てしまうのです。

 殺人事件も陰惨だし、警察官たちが正義の鉄槌を下すやり方も凄惨で、子供たちには見せられないと思うほどですが、そこに働く警察官たちのチームは、皆、暗い過去を背負っているにも関わらず、誠実で、仲間意識が強い。ほっとするところです。

 これも一回ごとの事件と、全体を通して追っていく『レッド・ジョン』との戦いという二つのテーマに、それぞれの人生を重ね合わせたドラマ構成で、関心を途切れさせないように配慮されています。

 それに加えて、メンタリストのジェーンが毎回、洞察力を働かせたり、催眠をかけたり、仕掛けをして、犯人を陥れたり、手品を使ったり、毎回、超人的な頭の良さを見せつけます。

 この観察眼は、シャーロック・ホームズにも通じますが、どこか知識人の鷹揚さを持つシャーロックと違い、ジェーンはサーカスのような環境に生まれ育ち、学校にも行かず、生き残るために全神経を働かせることを学んだようです。

 毎回、私たちにも、『ああなるほどなあ』と思えるような観察が出てきます。私たちにもできそうな気がして来るのです。

 ウキペディアによると、もう結末はわかっているのだそうですが、それ以上に、毎回、『ああ、なるほどなあ』と感心してしまうのです。

 誰がこんなストーリーを考えているのかと興味をそそられますが、原案、総指揮者はブルーノ・ヘラー、イングランドの脚本家、プロデューサー、監督だそうです。確かにと思いました。アメリカドラマのようなおおざっぱさはなく、繊細で、英国ミステリーの香りがするのです。

 また、主演のサイモン・ベイカーはオーストラリア出身の俳優さんで、ハリウッド進出し、メンタリスト終了後はまたオーストラリアに帰っているそうです。