ミニマリスト、われらの時代
今の70代の日本国民は、いわゆる団塊の世代です。親たちは戦中戦後を生き抜き、私たちは戦後のもののない時代に育って、親世代のおかげで確かに豊かさも感じさせてもらいました。
それでも、われらの世代の人々は、絶対に節約の何たるかを知っている人たちだと私は思います。私がしまり屋でケチなのかなと思ってしまいますが、昔は主流だったのです。
例えば、同年代の知り合いに、「靴下にツギを当てる」と言った人がいました。もうその頃でも、そういう手仕事をする人はほとんどいなかったのですが、昔からそうしていると、それが当たり前になってしまっていたのでしょう。ちなみに、戦中生まれの夫は、底が薄くなってくると底を上にして履いていました。二倍長持ちするはずです。
その頃、というのは、私の子育て時代のころですが、既製品と言われる衣類がどんどん出てきましたが、まだ布地を買ってスカートやブラウスを作る人はたくさんいて、いわゆる手仕事のできる世代でした。その頃の、新聞の投稿欄に、「パンツを手作りしている」という記事が載っていました。ご主人が「そろそろ、古くなってきたから、新しいのを作ってくれ」と言ったのだそうです。奥さんは新しい綿生地を買ってきて作ったと書いてありました。
そこはそれ、なんにでもすぐに影響されてやってみてしまう私ですから、古いパンツをばらして、型紙を取り、いらなくなった浴衣地や古いTシャツで作ってみました。結果、夏は浴衣地や綿のもの、冬は伸びちじみのするニット生地のTシャツをリフォームしたものが着心地がいいとわかりました。市販のパンツよりずっと着心地がいいのです。
で、新しい生地で作って、娘たちや姪にあげたのですが、即、返されてしまいました。
今、困窮していて、紙おむつが買えないというシングルマザーの訴えがありましたが、私たちのころは、紙おむつを使わない世代でした。古い浴衣地を母が直したおむつとおむつカバーで、毎日洗濯して使いました。昔のやり方がよいとは思いませんが、今はものが豊富になり、使い捨ての時代ですから、節約の下地がないような気がします。だからミニマリストというと珍しがられるのです。
でも、われらの世代、特に親の世代の人々が、今いうところのミニマリストだったわけでもありません。何せ、物のない時代ですから、手元にあるものは何でもとっておいた、捨てられない世代でもありました。手元にあれば、いつか使える、いつか役に立つと思っていたのです。そういう傾向は、私なんかにも大いにあります。どれを断捨離するか、選ぶのが大変です。
近所の人が、親の家を片付けていて、「箱がたくさんあるから、なんだろうと思って開けてみると、空箱ばっかりだった」と閉口していました。いつか役に立つだろうと思っていて、あればそれなりに役には立っていたのでしょう。
姑や母の衣類もそうです。いつか着る機会が来ると信じていたのでしょう。私にもその傾向があって、みんな直して掛けてあって、娘に「体は一つよ」と言われています。体もそうですが、時代差もあります。昔は何でも、夏は綿、冬は毛でしたが、いまは全く違います。夏には発汗性の化学繊維がありますし、冬には起毛させた温かい、洗濯も簡単な化学繊維が主流です。古い毛百パーセントのコートを直してあげても誰も喜ばないのです。それでもミニマリストを認じる私は直してきています。私は知っているのです。あの頃は高かったのですよ。
私の世代の人たちは、結構みんな無意識のうちにミニマリストをしているような気がします。言い換えれば、節約家という事です。
近所の同年代の人たちは、まあ、年金世代になって時間もできたからでしょうが、畑で野菜を作っている人がたくさんいます。草取りが大変だと思いますし、買った方が安いという指摘もありますが、自分が作ったという安心感は何物にも代えがたいようです。ミニマリストとしては自給できているという満足感もあるのでしょう。