自分を認めてもらいたい人は
夫は昔、友人のお医者様に『過適応なんじゃないか』と言われた事がありました。
家族以外の誰に対してもそうですが、サービス精神が旺盛なのです。家と外の顔の差が極端なのです。会社をやっていた若い頃は、接待、招待と称して、仕事関係の友人を誘っては毎晩のように料理屋さんで飲み続けていたました。
家族は全くの対象外で、どこにも誘ってくれませんし、食事にも連れて行く等と言いませんので、苦しい生活の中で、請求書を廻される会計係の私は、絶望もいいところでした。
本当にどうゆう性格なんだろうと思っていましたが、確かにあの言葉は当たっていたかも知れないと今は思います。
つまり、自分の大好きな人、憧れの人に自分を認めてもらいたい一心なのです。サービス精神を通り越して、まるで子供のように追いかけ回していたような気がします。
夫が末っ子だったという事もあるかもしれません。つまり、周りの大人は全部自分を庇護してくれる存在のように思えて、甘えていたのかもしれません。
最近、夫も歳をとりましたから、認めてもらいたいと甘えられる先輩達はほとんどいなくなりました。この頃少しはしゃんとして来たように思えますが、同時につまらなそうでもあります。
しかし、私はこれがまともな生活だと思います。私もそうでしたが、若い頃は人に認めてもらいたいものなのです。そうある事を願って、一生懸命努力します。ほとんど叶いませんが。やがて、認めてもらいたい人達が死んでしまうと、やっと気付くのです。自分にとって何が大事なのか。私達もその年代に達したと言う事です。
何をしますか。今のままが楽のような気もしますが、若い人たちのお荷物にならないようにもしたいですよね。私はネットショップを始めました。先がどうなるか分かりませんが、後戻りしない為に、このブログを始めました。時々、止めたくなるのを後ろで支える壁です。
2013年11月8日金曜日
2013年11月3日日曜日
前に進むのが恐怖
時々、こんな事を感じる事があります。心が立ち止まってしまって動けなくなるのです。一種の鬱でしょうか。
チャレンジという表題通り、今しているネットショップ、エブリカラーはすべて初めての事ばかりなんです。一歩一歩、未知の山へ踏み分けているのと同じなのです。
注文の来ていないメールページを開けたときは淋しく感じますが、いざ、注文が来ていると、今度はドキッとして、家中に『きた、きた』と触れ回ります。口に出して家族に伝える事によって、家族の承認と応援を得たような気になって、どこか安心するのです。どこかに、何かをするという恐怖感があるのです。
古物商の許可を取るという項目が、なかなか踏み出せなくて、六月末から開いたショップ、エブリカラーに、新刊の三冊しか並べていないときが、二ヶ月も続きました。やっと、九月になって、自分で自分のお尻を叩きながら警察署に行ったのです。前に進むという事が、心理的にこんなに大変なものなのは私だけなのでしょうか。
注文が入ると、すぐに商品を見つけて、返事を書き、緩衝剤でくるんで、発送の準備をするのですが、一つ一つ確認しながら進めている行程のどこかで、お金を貰うという後ろめたさを感じているのです。まさに、吉江氏の言われた『お金を貰う後ろめたさ』です。だって、労働をボランティアで提供している人もいるのです。家にある古本はもう、読まれない本なのに、それに値段を付けて売るという事に、どこかあさましさを感じてしまいます。軽蔑されているかも知れないという思いが頭をよぎる事もあります。気弱になって『もう止めてもいいかな』という気が頭をもたげる事もあります。
そんな時、「いけしゃあしゃあとやれ」という吉江氏の言葉は背中を押してくれますが、それでもときどきは心が立ち止まってしまいます。それを、今度は家族の励ましが後押ししてくれるのです。『ここまで来たのに止められない』と思わされます。これが社会の一員として生きるということです。
等といい子ぶっていますが、これでも随分と商人らしくなりました。レア本には高い値段を付け、自分の本を作って売ろうとまで考えているのですから、厚顔も甚だしくなって来たのです。まだまだ引き下がりませんよ。後にはこの『チャレンジ』という壁があるのですから。壁を背負って立っているのですから。目の前の課題を一つ一つ征服して行くしか無いのです。
時々、こんな事を感じる事があります。心が立ち止まってしまって動けなくなるのです。一種の鬱でしょうか。
チャレンジという表題通り、今しているネットショップ、エブリカラーはすべて初めての事ばかりなんです。一歩一歩、未知の山へ踏み分けているのと同じなのです。
注文の来ていないメールページを開けたときは淋しく感じますが、いざ、注文が来ていると、今度はドキッとして、家中に『きた、きた』と触れ回ります。口に出して家族に伝える事によって、家族の承認と応援を得たような気になって、どこか安心するのです。どこかに、何かをするという恐怖感があるのです。
古物商の許可を取るという項目が、なかなか踏み出せなくて、六月末から開いたショップ、エブリカラーに、新刊の三冊しか並べていないときが、二ヶ月も続きました。やっと、九月になって、自分で自分のお尻を叩きながら警察署に行ったのです。前に進むという事が、心理的にこんなに大変なものなのは私だけなのでしょうか。
注文が入ると、すぐに商品を見つけて、返事を書き、緩衝剤でくるんで、発送の準備をするのですが、一つ一つ確認しながら進めている行程のどこかで、お金を貰うという後ろめたさを感じているのです。まさに、吉江氏の言われた『お金を貰う後ろめたさ』です。だって、労働をボランティアで提供している人もいるのです。家にある古本はもう、読まれない本なのに、それに値段を付けて売るという事に、どこかあさましさを感じてしまいます。軽蔑されているかも知れないという思いが頭をよぎる事もあります。気弱になって『もう止めてもいいかな』という気が頭をもたげる事もあります。
そんな時、「いけしゃあしゃあとやれ」という吉江氏の言葉は背中を押してくれますが、それでもときどきは心が立ち止まってしまいます。それを、今度は家族の励ましが後押ししてくれるのです。『ここまで来たのに止められない』と思わされます。これが社会の一員として生きるということです。
等といい子ぶっていますが、これでも随分と商人らしくなりました。レア本には高い値段を付け、自分の本を作って売ろうとまで考えているのですから、厚顔も甚だしくなって来たのです。まだまだ引き下がりませんよ。後にはこの『チャレンジ』という壁があるのですから。壁を背負って立っているのですから。目の前の課題を一つ一つ征服して行くしか無いのです。
2013年10月24日木曜日
自費出版
写真の豊富な夫の本と違って、私の本は文章だけですから、安くできるだろうと考えたのです。それで、一番安いと言われる印刷製本屋さんのページを検索しました。ところが、何度見てみても、高いのです。
100部で10万円といったら、一冊千円です。私は一冊千円で売りたかったのですが、それで原稿料も、販売手数料もと思うと、500部以上作らないと採算が合わないのです。私の本なんて、10部売れれば充分と思っていましたが、10部だと一冊あたりがもっとずっと高くなってしまいます。大変な誤算でした。
その後、コンピューターに詳しい友人に、その事を話す機会があって、聞いてみましたら、その方は、ちょっとした冊子なら自分で手作りすると言っていました。つまりこの間の房総旅行を企画した方ですが、その時私達に見学先の冊子式のパンフレットを作ってくれたのです。A4版の薄い冊子でしたが、確かに本の体裁をしていました。40部作ったのだそうです。
その時、手作りの仕方を教えてくれましたが、素人は一度聞いても覚えられません。そこはネット検索とばかり、調べてみましたら、ありました。まだはっきりと印刷製本の道筋が判ったわけではありませんが、30部、これにしようかと心が動きました。
私は洋服も手作りするくらいですから、割と器用なのです。手本とする本はたくさんありますし、機器類も、インクジェット、レーザーの両プリンター、古いですがコピー機、等、ありますから、『何とかできる』と踏んだのです。これもチャレンジです。
でも、一晩寝床で考えました。コピーというのは普通一枚八円です。200ページの本なら、コピー費だけで一冊千六百円です。そこまで考えると、素人の手作りは意外と高くつくのかも知れないと思えました。
それでも、一冊だけは作ってみようと思います。印刷製本を頼むにしろ、見本があった方が便利ですし、本作りの基本的な用語や工程を知っておく事は、人に頼むときでも役に立ちます。その印刷製本屋さんのホームページを見るだに、使われている用語が全く判らず知識のなさが思い知らされているのですから。それに、紙質等も自分の目で見て、手で触ってみなければ判りません。
うまく行ったら、いつか印刷屋さんに頼んで、ちゃんとした本を作り、ショップに並べようかという所まで思いは進んで行きました。
写真の豊富な夫の本と違って、私の本は文章だけですから、安くできるだろうと考えたのです。それで、一番安いと言われる印刷製本屋さんのページを検索しました。ところが、何度見てみても、高いのです。
100部で10万円といったら、一冊千円です。私は一冊千円で売りたかったのですが、それで原稿料も、販売手数料もと思うと、500部以上作らないと採算が合わないのです。私の本なんて、10部売れれば充分と思っていましたが、10部だと一冊あたりがもっとずっと高くなってしまいます。大変な誤算でした。
その後、コンピューターに詳しい友人に、その事を話す機会があって、聞いてみましたら、その方は、ちょっとした冊子なら自分で手作りすると言っていました。つまりこの間の房総旅行を企画した方ですが、その時私達に見学先の冊子式のパンフレットを作ってくれたのです。A4版の薄い冊子でしたが、確かに本の体裁をしていました。40部作ったのだそうです。
その時、手作りの仕方を教えてくれましたが、素人は一度聞いても覚えられません。そこはネット検索とばかり、調べてみましたら、ありました。まだはっきりと印刷製本の道筋が判ったわけではありませんが、30部、これにしようかと心が動きました。
私は洋服も手作りするくらいですから、割と器用なのです。手本とする本はたくさんありますし、機器類も、インクジェット、レーザーの両プリンター、古いですがコピー機、等、ありますから、『何とかできる』と踏んだのです。これもチャレンジです。
でも、一晩寝床で考えました。コピーというのは普通一枚八円です。200ページの本なら、コピー費だけで一冊千六百円です。そこまで考えると、素人の手作りは意外と高くつくのかも知れないと思えました。
それでも、一冊だけは作ってみようと思います。印刷製本を頼むにしろ、見本があった方が便利ですし、本作りの基本的な用語や工程を知っておく事は、人に頼むときでも役に立ちます。その印刷製本屋さんのホームページを見るだに、使われている用語が全く判らず知識のなさが思い知らされているのですから。それに、紙質等も自分の目で見て、手で触ってみなければ判りません。
うまく行ったら、いつか印刷屋さんに頼んで、ちゃんとした本を作り、ショップに並べようかという所まで思いは進んで行きました。
2013年10月18日金曜日
リセット、リスタートの物語
春頃にネットショップを思い付いて勉強を始めた時から、かれこれ一年になろうとしています。
その読んだ教科書の最初に書いてあったのが、『企画書を作りなさい』という事でした。それで、一ヶ月ごとの行動計画のようなものをエクセルに打ち込みました。幸い私一人の事ですから、人に判ってもらうようなプレゼンテーションなんか要らないんです。時々は開いて、予定の修正をしたり、成果を書き込んだりしていました。
昨年、最初に企画書に書いた事で、うまくいった事は、商品の展示でした。娘に教わったスキャナーで簡単に写真が撮れたこともあって、本格的に展示を始めたのは『古物商の許可がいらない』と知った九月頃からだと思いますが、それからおよそ半年くらいで、予定のほとんどを並べ終える事が出来ました。最初は一年半くらいと見込んでいたので、格段の時間短縮です。
確かに商品の数に比例してページビューも増えました。 駄目なものもありました。『ブログを書いて集客を見込む』というのは今や誰も来なくなってしまいましたし、吉江氏のような『コンテンツビジネス』や教科書に書いてある『サービスを組み込む』という項目は、今のところ、全くイメージすら沸いてきません。やはり、人に言われてするのは難しいのです。自分の発想を膨らませるしかないのです。
次の段階の企画としては、『自分の本を自費出版してエブリカラーに並べる』というのが書いてありました。次はこれにチャレンジしようと思います。
何を隠そう、元々、私は物書きになりたかったのです。今までに何編かのフィクションやノンフィクションを書いては新人賞に応募していました。もちろんどれもボツ、もう、疾っくに新人の範疇には入らない歳になってしまいました。
それで、若い頃の『浜崎あゆみ』さんが、自分の詩を印刷して、路上で売っていたという伝説を思い起こして、『自分で作って自分で売ろう』と考えたのです。こういう行動は若い詩人にこそ似つかわしいと思いますが、六十過ぎのおばあさんでもネットなら恥ずかしくはないでしょう。顔も身体も見えませんから。
最初に考えたのが、五十三歳頃から書き始めて九年書き続けた『人生リセットの物語』です。その後はこの『人生リスタートの物語』。
これらがうまくいったら、夫の本を再び作ろうと企画しまして、再来年度の企画書に書き込みました。二年分の企画です。その後に、エブリカラーの見直しが来るわけです。
春頃にネットショップを思い付いて勉強を始めた時から、かれこれ一年になろうとしています。
その読んだ教科書の最初に書いてあったのが、『企画書を作りなさい』という事でした。それで、一ヶ月ごとの行動計画のようなものをエクセルに打ち込みました。幸い私一人の事ですから、人に判ってもらうようなプレゼンテーションなんか要らないんです。時々は開いて、予定の修正をしたり、成果を書き込んだりしていました。
昨年、最初に企画書に書いた事で、うまくいった事は、商品の展示でした。娘に教わったスキャナーで簡単に写真が撮れたこともあって、本格的に展示を始めたのは『古物商の許可がいらない』と知った九月頃からだと思いますが、それからおよそ半年くらいで、予定のほとんどを並べ終える事が出来ました。最初は一年半くらいと見込んでいたので、格段の時間短縮です。
確かに商品の数に比例してページビューも増えました。 駄目なものもありました。『ブログを書いて集客を見込む』というのは今や誰も来なくなってしまいましたし、吉江氏のような『コンテンツビジネス』や教科書に書いてある『サービスを組み込む』という項目は、今のところ、全くイメージすら沸いてきません。やはり、人に言われてするのは難しいのです。自分の発想を膨らませるしかないのです。
次の段階の企画としては、『自分の本を自費出版してエブリカラーに並べる』というのが書いてありました。次はこれにチャレンジしようと思います。
何を隠そう、元々、私は物書きになりたかったのです。今までに何編かのフィクションやノンフィクションを書いては新人賞に応募していました。もちろんどれもボツ、もう、疾っくに新人の範疇には入らない歳になってしまいました。
それで、若い頃の『浜崎あゆみ』さんが、自分の詩を印刷して、路上で売っていたという伝説を思い起こして、『自分で作って自分で売ろう』と考えたのです。こういう行動は若い詩人にこそ似つかわしいと思いますが、六十過ぎのおばあさんでもネットなら恥ずかしくはないでしょう。顔も身体も見えませんから。
最初に考えたのが、五十三歳頃から書き始めて九年書き続けた『人生リセットの物語』です。その後はこの『人生リスタートの物語』。
これらがうまくいったら、夫の本を再び作ろうと企画しまして、再来年度の企画書に書き込みました。二年分の企画です。その後に、エブリカラーの見直しが来るわけです。
2013年10月11日金曜日
本を読むようになりました
いざ、人に売ろうと思って本を並べていても、ときどき、『ああ、これは読みたい』と思う本が出て来るのです。そういうときは、ショップ、エブリカラーに入れるのを止めて、枕元の箱に入れておきます。
そういう本が箱にいっぱいになって、いっこうに減りません。私は元々、気分屋で読むのが遅いのです。つまり集中力が無くって、気が散るせいか、いろいろの事は同時進行で割り方良くできるのですが、一つの事を完成させるのに結構長い時間がかかるのです。
それが人生の波を乗り越える上で悪いという事ではないと、今は思いますが、物書きとしてはマイナス要素だと思います。つまり、本を読んでいても他の事が頭に浮かんで来て、なかなか前に進まないのです。そうすると、一つの本を読むのに、一ヶ月以上もかかってしまいます。たくさんの知識を必要とする物書きは、昔から本をたくさん読みなさいと言われていたので、先ず、この時点からして劣等感でした。
私の知人は私に本の話を新幹線に乗っている間中しても飽きない人ですが、実はそれに刺激されて、私にはあまり似つかわしくない『ゲド戦記』なるファンタジー小説を読んでしまった事があったのですが、その後、やはり房総旅行で会った時に、塩野七生のローマの本を読み尽くしたと言っていました。私に「貸してあげましょうか」と言ってくれたのですが、丁重にご遠慮しました。この遅さですから、一年かかっても読み終わらないでしょう。
でも、最近、本の読み方にもいろいろあるのだという事を、テレビで見て実はホッとした事がありました。朝まで一気に読むという荒俣宏さんのような人ばかりではないのです。その中にあちこちに読みかけの本を置いておくと言う方がいました。トイレに一冊、風呂に一冊、電車で読むようにカバンに一冊、もちろん枕元に一冊。みんな違う本なのだそうです。しおりは入れないで、どこまで読んだかは自分の記憶力で探すと言っていました。同じところを読み返してもいいという大らかさが必要のようです。そうすると頭の体操にもなるそうです。
これはいいと思いまして、今は、枕元が主ですが、玄関先、バッグの中、いつも寄る図書館と、あちこちに本をチラバしました。これで準備万端と思いましたが、なかなかそうも行きません。それでも、まあ、これで月に一冊ぐらいは読んでいるのですから、格段の進歩です。
いざ、人に売ろうと思って本を並べていても、ときどき、『ああ、これは読みたい』と思う本が出て来るのです。そういうときは、ショップ、エブリカラーに入れるのを止めて、枕元の箱に入れておきます。
そういう本が箱にいっぱいになって、いっこうに減りません。私は元々、気分屋で読むのが遅いのです。つまり集中力が無くって、気が散るせいか、いろいろの事は同時進行で割り方良くできるのですが、一つの事を完成させるのに結構長い時間がかかるのです。
それが人生の波を乗り越える上で悪いという事ではないと、今は思いますが、物書きとしてはマイナス要素だと思います。つまり、本を読んでいても他の事が頭に浮かんで来て、なかなか前に進まないのです。そうすると、一つの本を読むのに、一ヶ月以上もかかってしまいます。たくさんの知識を必要とする物書きは、昔から本をたくさん読みなさいと言われていたので、先ず、この時点からして劣等感でした。
私の知人は私に本の話を新幹線に乗っている間中しても飽きない人ですが、実はそれに刺激されて、私にはあまり似つかわしくない『ゲド戦記』なるファンタジー小説を読んでしまった事があったのですが、その後、やはり房総旅行で会った時に、塩野七生のローマの本を読み尽くしたと言っていました。私に「貸してあげましょうか」と言ってくれたのですが、丁重にご遠慮しました。この遅さですから、一年かかっても読み終わらないでしょう。
でも、最近、本の読み方にもいろいろあるのだという事を、テレビで見て実はホッとした事がありました。朝まで一気に読むという荒俣宏さんのような人ばかりではないのです。その中にあちこちに読みかけの本を置いておくと言う方がいました。トイレに一冊、風呂に一冊、電車で読むようにカバンに一冊、もちろん枕元に一冊。みんな違う本なのだそうです。しおりは入れないで、どこまで読んだかは自分の記憶力で探すと言っていました。同じところを読み返してもいいという大らかさが必要のようです。そうすると頭の体操にもなるそうです。
これはいいと思いまして、今は、枕元が主ですが、玄関先、バッグの中、いつも寄る図書館と、あちこちに本をチラバしました。これで準備万端と思いましたが、なかなかそうも行きません。それでも、まあ、これで月に一冊ぐらいは読んでいるのですから、格段の進歩です。
2013年10月6日日曜日
テレビの影響
昨今、まるでテロ行為のような無差別殺人のニュースが散発的に聞こえてきます。この歳になると、『どうしてだろう』等と考える事も避けて通りたい気分ですが、テレビに逃げ込み気味の私が好きで見ているサスペンスものも影響しているのかなあと思ってしまいます。
あれって、必ず人が殺されるのです。そして、殺された後の段階だけなら、死体を見せるだけで済みますが、その殺人の場面まで映し出すのです。手近な石で殴り殺したり、ハンマーを使ったり、首を絞めたり、階段を突き落としたり、どれも簡単に殺人が出来てしまうのです。
意外と神経質な夫は、私の趣味を『気持ちが悪い』と吐き捨てるように言いますが、嫌悪感を持っている方が健全なのかも知れません。
私のように人ごととして見ている分にはいいのですが、『ああ、意外と簡単だ』と思ってしまう人や、知識として取り込んでしまう子供達に、影響が出ているのではないかと心配する人がいるのは当然です。サブリミナル効果というのもあります。私でさえときどき感じますから。
わが家では、親達も子供達もテレビゲームはほとんどした事がありませんが、テレビゲームの悪影響を言う人もいます。ゲームというのは野球だってサッカーだって、相撲だって、戦いです。戦って相手をやっつけるのです。スポーツが良くてテレビゲームが駄目というのもおかしな話ですが、テレビゲームは自分の身体に、汗と痛みを感じないから、人の苦労や痛みが判らないとよく言われます。
それではやっぱり私のようにテレビスポーツ観戦ばっかりしている人は、人の痛みが判らないのでしょうか。そんな事はありません、人間がしているのを見ていれば、『ああ大変なんだな』とか、『負けて口惜しいだろうな』とか、プレイヤーに対して同調する心が出てきますから、ちょっとは違うような気がします。
テレビゲームは人ではないのです。軍隊の司令官が戦いのゴーサインを出すように、危険な戦いのゴーサインを心の通わない架空の兵士や、死なずに起き上がるサイボーグに出しているので、いつの間にか、世の中は無機質なもので、意のままにしてもいい存在であると錯覚してしまうのでしょうか。
でも、こういう意識って、甘やかされて育った子供には昔からありますよね。私もそうでしたから。それでも、長く生きて来ると、どこかの時点で頭を叩かれるのです。判らせられるのです。そして、私のように対人恐怖症になるのかも知れません。そうしたら、対人恐怖症も人間としての進歩、通るべき関門と言うべきでしょうか。
何が言いたいのか判らなくなってしまいましたが、人はやっぱり優しく教育し,されるべきだと思います。色々な経験をして、お互いに庇いあいながら生きるようにすれば、ストレスも減り、例えテロの仕方は知っていても、相手を思いやれれば行動にまで走ることはなくなると思います。私がそうできたかという事は置いておいて。
昨今、まるでテロ行為のような無差別殺人のニュースが散発的に聞こえてきます。この歳になると、『どうしてだろう』等と考える事も避けて通りたい気分ですが、テレビに逃げ込み気味の私が好きで見ているサスペンスものも影響しているのかなあと思ってしまいます。
あれって、必ず人が殺されるのです。そして、殺された後の段階だけなら、死体を見せるだけで済みますが、その殺人の場面まで映し出すのです。手近な石で殴り殺したり、ハンマーを使ったり、首を絞めたり、階段を突き落としたり、どれも簡単に殺人が出来てしまうのです。
意外と神経質な夫は、私の趣味を『気持ちが悪い』と吐き捨てるように言いますが、嫌悪感を持っている方が健全なのかも知れません。
私のように人ごととして見ている分にはいいのですが、『ああ、意外と簡単だ』と思ってしまう人や、知識として取り込んでしまう子供達に、影響が出ているのではないかと心配する人がいるのは当然です。サブリミナル効果というのもあります。私でさえときどき感じますから。
わが家では、親達も子供達もテレビゲームはほとんどした事がありませんが、テレビゲームの悪影響を言う人もいます。ゲームというのは野球だってサッカーだって、相撲だって、戦いです。戦って相手をやっつけるのです。スポーツが良くてテレビゲームが駄目というのもおかしな話ですが、テレビゲームは自分の身体に、汗と痛みを感じないから、人の苦労や痛みが判らないとよく言われます。
それではやっぱり私のようにテレビスポーツ観戦ばっかりしている人は、人の痛みが判らないのでしょうか。そんな事はありません、人間がしているのを見ていれば、『ああ大変なんだな』とか、『負けて口惜しいだろうな』とか、プレイヤーに対して同調する心が出てきますから、ちょっとは違うような気がします。
テレビゲームは人ではないのです。軍隊の司令官が戦いのゴーサインを出すように、危険な戦いのゴーサインを心の通わない架空の兵士や、死なずに起き上がるサイボーグに出しているので、いつの間にか、世の中は無機質なもので、意のままにしてもいい存在であると錯覚してしまうのでしょうか。
でも、こういう意識って、甘やかされて育った子供には昔からありますよね。私もそうでしたから。それでも、長く生きて来ると、どこかの時点で頭を叩かれるのです。判らせられるのです。そして、私のように対人恐怖症になるのかも知れません。そうしたら、対人恐怖症も人間としての進歩、通るべき関門と言うべきでしょうか。
何が言いたいのか判らなくなってしまいましたが、人はやっぱり優しく教育し,されるべきだと思います。色々な経験をして、お互いに庇いあいながら生きるようにすれば、ストレスも減り、例えテロの仕方は知っていても、相手を思いやれれば行動にまで走ることはなくなると思います。私がそうできたかという事は置いておいて。
2013年9月30日月曜日
動画で稼いでいる人
人生は『早めにやりたいことを見つけた人が勝ち』と、昔、英語塾をしていた時に生徒さん達に言っていました。でもきっと、一番見つけられないでいたのは私だったかも知れません。あれからいろんな仕事を転々としました。
と言っても、家庭もあり、身軽に動けるわけではありませんから、いやな事も好きな事も、必要に迫られて、ほとんど同時進行のようにして、やっていたのです。だから、能力の問題もありましたが、何がやりたかったのか、未だに良く判りません。そして、六十三歳からネット本屋になったのです。
そんなある日、テレビを見ていましたら、『動画で稼いでいる人』というミニ特集がありました。あまり気にも留めずに見ていたのですが、確か、二件か三件の例が報告されていたと思います。
一人目は、定年後の生活の補助収入として、ネット動画を投稿して、広告収入を得ている人の例でした。元々写真が好きだったのでしょうね。写真機はもちろん、いろんな機器類がところ狭しと並んでいました。どのくらい稼げるのかは言っていなかったと思います。でも、娘が聞きかじりで、月に20万くらいになるのだと言っていました。
しかし、だからと言って、私がこれを真似できるわけではあません。彼はこれが好きなのです。
二人目は独自の化粧法を開発して、自分がモデルになり、皆さんに公開したところ、思わぬ反響を呼んで、それが、良い収入であった為に会社を辞めて動画投稿専門になったOLの話でした。収入になる動画の数が多ければ、OLの給料よりよかったと言う事でしょう。そして、彼女もまたこういう生活が好きなのでしょう。いや、OLの生活より好きと言うべきかも知れません。
やりたい事なんて、みんな手探りで探しているのです。五感を働かせて、これよりこれ、あれよりこれ。そして、いつの間にかやりたかったところに流れ着くのでしょう。私のような、仕事をよく変える人は、昔は『辛抱が足りない』といわれたりしましたが、今は『ストレスで病気になる』と言われる時代でもありますから、やっぱり、好きな事を探して仕事をして行く事は大事のような気がします。
そういえば、他の番組では、大根農家の女性が、変形した大根を人のように装わせて、『逃げる大根』なる動画をコマドリで撮影し、投稿して話題になった話をしていました。『大根の生産出荷は単純作業で、ストレスになる事もあるけれど、その中にこうした楽しい事を織り交ぜて行くと、毎日に変化と弾みがつく』というような事を言っていたと思います。彼女は生活の中に『辛抱』と『ストレス発散』の両方を見事に取り入れたのです。
写真のコマドリぐらいなら私にも出来そうな気がしますから、いつか、私にも撮りたい対象が出て来たら、挑戦したいものだと思います。そういえば、ユーチューブの閲覧者が10億人を超えたそうです。
人生は『早めにやりたいことを見つけた人が勝ち』と、昔、英語塾をしていた時に生徒さん達に言っていました。でもきっと、一番見つけられないでいたのは私だったかも知れません。あれからいろんな仕事を転々としました。
と言っても、家庭もあり、身軽に動けるわけではありませんから、いやな事も好きな事も、必要に迫られて、ほとんど同時進行のようにして、やっていたのです。だから、能力の問題もありましたが、何がやりたかったのか、未だに良く判りません。そして、六十三歳からネット本屋になったのです。
そんなある日、テレビを見ていましたら、『動画で稼いでいる人』というミニ特集がありました。あまり気にも留めずに見ていたのですが、確か、二件か三件の例が報告されていたと思います。
一人目は、定年後の生活の補助収入として、ネット動画を投稿して、広告収入を得ている人の例でした。元々写真が好きだったのでしょうね。写真機はもちろん、いろんな機器類がところ狭しと並んでいました。どのくらい稼げるのかは言っていなかったと思います。でも、娘が聞きかじりで、月に20万くらいになるのだと言っていました。
しかし、だからと言って、私がこれを真似できるわけではあません。彼はこれが好きなのです。
二人目は独自の化粧法を開発して、自分がモデルになり、皆さんに公開したところ、思わぬ反響を呼んで、それが、良い収入であった為に会社を辞めて動画投稿専門になったOLの話でした。収入になる動画の数が多ければ、OLの給料よりよかったと言う事でしょう。そして、彼女もまたこういう生活が好きなのでしょう。いや、OLの生活より好きと言うべきかも知れません。
やりたい事なんて、みんな手探りで探しているのです。五感を働かせて、これよりこれ、あれよりこれ。そして、いつの間にかやりたかったところに流れ着くのでしょう。私のような、仕事をよく変える人は、昔は『辛抱が足りない』といわれたりしましたが、今は『ストレスで病気になる』と言われる時代でもありますから、やっぱり、好きな事を探して仕事をして行く事は大事のような気がします。
そういえば、他の番組では、大根農家の女性が、変形した大根を人のように装わせて、『逃げる大根』なる動画をコマドリで撮影し、投稿して話題になった話をしていました。『大根の生産出荷は単純作業で、ストレスになる事もあるけれど、その中にこうした楽しい事を織り交ぜて行くと、毎日に変化と弾みがつく』というような事を言っていたと思います。彼女は生活の中に『辛抱』と『ストレス発散』の両方を見事に取り入れたのです。
写真のコマドリぐらいなら私にも出来そうな気がしますから、いつか、私にも撮りたい対象が出て来たら、挑戦したいものだと思います。そういえば、ユーチューブの閲覧者が10億人を超えたそうです。
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