2015年12月17日木曜日


英国ミステリー噂話、ブラウン神父のマーク・ウイリアムズ

 私だけかも知れませんが、あんまり暗くて残忍なミステリーは苦手です。あまりに現実離れしているのも苦手ですが、この『ブラウン神父』のテレビシリーズは時代設定が第二次世界大戦の後のようです。その時代の特徴なのか、何となくのんびりしていて、好感が持てます。神父役のマーク・ウイリアムズさんの体型も関係しているでしょうか。こういうのを『コウズイ(ちいさな)・ミステリー』というのだそうですか。
 彼の事をウキペディアで見てみると、1959年8月22日生まれ、私より、11歳も若いんです。まだシリーズは続きますね。生まれはイギリスの真ん中頃にあるウースターシャーと発音するのだと思いますが、その中のブロムズグローブと書いてあります。写真はきれいな町のようです。奥さんと子供一人のようです。
 彼はいろんな顔を持っていて、俳優、コメディアン、司会、脚本もこなすようです。ブラウン神父役の他にはハリーポッターのアーサー・ウイーズリー役をしたそうです。ロイのお父さん役だったでしょうか。
 地元のハイスクールを出た後、オックスフォードのブラスノーズ・カレッジを卒業し、オックスフォード大学演劇部、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー、ロイヤル・ナショナル劇場などで、舞台俳優としてキャリアを積んだのですが、BBCのコメディに出演した事からコメディアンとして有名になったようです。
 彼のキャリアの中で、私が知っているのはハリー・ポッターのアーサー・ウイーズリー役くらいですが、ドクター・フーにも出ているそうです。
 ブラウン神父は2013年から始まっていて、他に2014年からBBCでゲーム・ショーの司会もしているそうです。他にはドキュメンタリー番組の司会などもしているようです。
 私も一度、あ、これはブラウン神父だと気づいたのがあったのですが、何に出ていた時だったか覚えていません。テレビドラマへの出演リストを見ると、ジョージ・ジェントリーとアガサ・クリスティーズ・マープルに出ていたようですが、ジェントリーの方はあまり見ないので、ミス・マープルの方だったと思います。タイトルは『なぜエバンズに頼まなかったのか』のクロード・エバンズだそうです。何回か見ていると思いますが、ちょっと覚えていません。

2015年12月11日金曜日


ユニフォームの事

 シルバーリハビリ体操指導士の資格を頂いて、いよいよボランティア始動という時に、ユニフォームがないと指導できないと言われました。
 講座を受けている時は無くてもいいと言っていたのに詐欺みたいです。それが3500円もするのです。この生活切り詰めの時にと思いますよね。
 指導士がお揃いのユニフォームを着ていれば、確かにやり易いのはわかります。でもね、なんか、軍隊みたいとか、没個性だとか、いろいろ屁理屈を言いたくなってしまいます。
 どうしても抵抗があるのです。私って、ネットワークには向かない人間のような気がします。創始者の太田先生は戦中に育った方で、教育勅語をすらすらと言える年代です。『同じ老人でも、世代によって価値観が違う、相手の価値観を理解して介護しなければならない』という講義をしてくださいましたが、私は戦後生まれで、個性を大事にという教育の中で育った人間なのだと言い訳が出てしまいます。
 お金の事も嫌だし、ユニフォームを着て、先輩後輩の人間関係の中に入るのも憂鬱です。結局内弁慶の私は自分を殺さなければならない社会というものが苦手なのです。人と接すると後悔ばかりが浮かんで来る対人恐怖症ですから。
 明日行かなければならない、どう断ろうかと、寝られなくなってコンピューターに向かっていますが、やっぱり正直に、ユニフォームを買うお金がないからと言おうと思います。それを買ってまで指導士をする情熱が湧かないのです。
 最初からユニフォームを買わなければならないと言ってくれたら、講座も受けなかったのにと恨めしくもありますが、講座はそれなりに楽しく勉強になりました。それをどう生かすかは、皆さんと同じでなくってもいいかも知れません。
 そう結論づけて、4時頃に寝て、朝9時に行って断って帰るつもりだったのですが、熱心に勧められて、見学させていただく事にしました。皆さん本当に真剣で熱心でした。その熱心さを見ていると、とても私が片手間で入り込めるところではないと思い知らされて、絶対に入らない、入れないと決意を新たにして帰ってきました。今は夫に教えるだけでいいや。

2015年12月3日木曜日


生活防衛

 野草の話をしたので、ついでに最近植えた果樹の話もしようかと思います。昔、ギリギリ虫に食べられて、倒れてしまったイチジクがよくなってくれましたので、小さくて安い苗を買って来て植えました。狭いわが家の空き地で、植えたのは物干し台の下の左端、干すのに邪魔になりそうなところです。でもね、これからは、花粉だ、2・5だと部屋干しが多くなって、物干し台を使う回数が減っているのです。だからなんとか共存させたいと思っています。
 もう一本は、シュガープルーン。これは何となくダメだろうなと思いましたが、しそ畑の真ん中に植えました。昔、桃ノ木を植えて、すぐに虫にたかられて、すぐに切ってしまった事がありました。桃系はむずかしいのです。梅系もダメだった事がありましたので、これが桃系か梅系かわかりませんが、ダメのような気がします。
 本当はアロニアという、ブルーベリーよりも目に良くて、酸っぱくて生食はできないけれども、育て方が容易だという苗木を探しに行ったのですが、なくって、紫色の実のなっている写真をつけて、これも安くて小さいシュガープルーンの苗を買って来てしまったのです。
 もう、目にいいと言われているものにこだわりまくりです。話は違いますが、紫色なら芋でもいいらしいと聞いてもっぱら紫芋を買って来て食べていました。それが先日は売り切れていました。やっぱり皆思う事は同じなのですね。
 あとは、最初の頃こそ袋駆けなどしていましたが、専門家が作ったもののようにおいしくできないので、今までないがしろにしていた巨峰。私の無視にもめげず、大きくなって結構実を成らすのです。でも、剪定も摘果もしないので、病気にかかってしまいます。甘くなければジャムにすればいいのですから、今年はまじめに世話をしようと、枝を導き、寒くなったら剪定もして、面倒を見ようと思っています。
 大きくなった日よけ代わりの琵琶は、もう、剪定をしました。日が当たらないと実がならないのだそうです。本当は花芽が出たこの時期に摘花もすればいいらしいのですが、大きくしてしまったので届かなくなってしまいました。
 いいんです、成ってくれれば小さくたって。甘くなければジャムにします。これからは何でも生食できなければ、ジャムにして食べて、生活防衛です。
 そうそう、裏に植えてあったイチゴを前の日当りのいいところに少しずつ植え替えています。イチゴは野草並みにオッポっておいてもなってくれるのです。甘くは成りませんが、砂糖をかけて電子レンジでチンすれば、自家製ヨーグルトのお供に成ります。このレシピは前にも話したような気がしますが。

2015年11月27日金曜日


じわじわと値上がり

 家はこの頃、無添加の液体洗濯石けんを使っているのですが、使う量が多いせいか、すぐに無くなります。で、月に三本くらい買います。
 一本くらいずつ買っていたのが無くなり、ちょっと多めに買っておこうかと思って買いに行ったらびっくりでした。一本三百八十円になっていたのです。それまでは三百六十円くらいでした。消費税も入れると四百円以上。二、三軒他のお店も見に行ったのですが、同じ値段でした。『ああ、安い時にたくさん買っておけばよかった』と思いますよね。
 それでなくても、年金が目減りを続け、デフレの頃が懐かしい今日この頃なのです。
 この間、自動車保健の見直しをして、年に二万円ほど節約した話しはしましたが、後、節約できるものと言ったら、食費くらいでしょうか。
 他には電力費が上がっていますが、これを抑えると生活が寂しくなります。水道代はできるだけ節約、ガス代は電気の調理器具が増えた分、安く抑えられています。灯油は新しい追い炊き釜に換えたら、熱効率がいいのか半分ほどになりました。
 で、料理に工夫して、食費を抑えようと試みますが、それがなかなか抑えられないのです。という事は、消費税の事もありますが、食材そのものも値上がりしているような気がします。かといって、食材だけは安くても、質の悪いものでは困ります。
 この間、下流老人という記事を読んでいましたら、年金支給日の前は、野草を食べると書いてありました。これ、悪いことでも恥ずかしい事でもありません。だって、食べられるとわかっている野草なら、安心で安全で、かつ、高級です。山がちの村に育った私達の子供の頃は春になると野草を摘みに行ったものです。セリ、モチ草、ワラビ、ゼンマイ、秋になると茸採り。消極的で家弁慶の私でしたが、当薬(センブリ)などの漢方薬も摘みに行きました。友達が『蛇穴さらい』と言っていた、山に行って落ち葉や松葉をかき集めて籠で背負って来るのも、一緒に遊びたいばっかりにやりました。これはちょっと違いましたが、落ち葉などは、肥料にも燃料にもなったのです。水辺の町に育った夫は魚を捕ったり、エビがにをつったり、食用蛙も食べたと言っていました。だから、本当は食料を自分たちで調達する事は、昔から当たり前なのです。
 そう言う訳で、わが家でも、狭い庭にいろいろ植えています。ニラ、小ネギ、しそなどは野草並みに生えてくれます。その他、種を買って来ては蒔くのですが、野草でない栽培種は蒔いて芽が出ても、よっぽど手入れをしないと大きくなってくれません。
 まあ、野草でもあればいいのです。何かを加えて、天ぷらにすれば、おいしい一品が出来上がります。これで、食材の値上がり分を少しでも緩和できたらと思っています。

2015年11月18日水曜日


ロシアからの便り

 私のブログには、閲覧はあんまり来ないのですが。外国からのトラフィックが週に一、二回来て、気味が悪いという話をした事があります。このたび、十一月一日と七日にロシアから大量五個ずつ来ました。日に五個というのは、週に一、二回、トラフィックしか来ない事もあるブログには、びっくりするような量です。
 これまで、外国というのはアメリカがほとんどで、その他、ドイツ、イギリス、もちろんロシアもありました。デモです、確かに、一時にたくさん来るという経験もありましたが、今回は特にある事件に結びついているのではないかと疑われたのです。
 十月三十一日にロシアの航空機の墜落がありました。その翌日の十一月一日です。それと七日頃には、原因がISの仕掛けた爆弾ではないかという見解が英米で相次ぎ、ロシアもエジプト便の運行を停止すると発表しました。
 これがトラフィックの急増につながったのではないかと思うのですが、このトラフィックのURを開ける事などもちろん怖くてできません。

2015年11月12日木曜日


名優について

 歳を取ってミステリーを見る機会が多くなり、好きなシリーズになると何度でも見てしまうのですが、寂しい事に、みんな歳とって行ったり、亡くなってしまったりするのですよね。先日はポアロが終わったばっかりなのに声優の熊倉一雄さんが亡くなりました。
 フロスト警部なんか、見ている間に歳とって行きますし、フォイルも戦時中のフォイルと戦後のフォイルを見ると、明らかに老いが感じられます。それなのに、ストーリーはより過酷になっているのですから、物語の世界は歳を取らないのです。
 この間、俳優の鈴木浩介さんと田中哲司さんの出ているトーク番組を見ましたが、最初一緒に演劇を志した同期の人で、今も役者さんをしている人はほとんどいないと言っていました。それほど、人間はどんな道でも選べてしまうのでしょう。
 田中哲司さんが、銭湯に行くお金もなくて、台所で体を洗っていたという苦労話をしていましたが、そんな思いをしてまで、役者であり続けた人だけが残るもののようです。
 だって、若い人たちの演技って、心もとないですものね。きれいなタレントさん達が、若くてきれいというだけで、たくさん、いい役に配置されますが、見るからに初々しいというか、なじんでいないというか、そこから、俳優を続けて行く事は、なかなか大変のようです。
 だからやっぱり、ミステリーの主役や重要な役を演じられる頃には、歳を取り、いかにも市井にいる普通の人のように演じられるようにならないといけないのでしょうね。そこまで続けられるかです。
 私も、やりたいと思った時がありましたが、私にはやっぱり無理だったと思います。市井にいながらも、どれだけふらふらといろんな事に目移りしたでしょうか。一つの事に精通なんて思いも及ばない事でした。だって、人の目も気になりますし、壁にぶつかるといつも逃げていましたから。
 名優となるにも、強い意志と、度胸、つまらない事を恥と思わない大らかさ、図太さが必要だなと思います。そうして、修練して、やがて名優といわれるようになるのでしょうから、歳をとってしまうはずです。

2015年11月6日金曜日


県庁所在地

 シルバーリハビリ体操指導士養成講座を受けるために、片道一時間半、車を運転して通った話はしましたが、そこは県庁のすぐそばで、昔はよく行っていたのです。でも、一人で行ったのは数えるほどしかありません。それをこの歳になって、一人で一時間半のドライブは.最初はちょっと不安でした。でも、案ずるより産むは易しで、最高一時間十分で着いたと、同じ市内から来ているとなりの席の人に自慢たらたら話していました。
 受講生の中に、三年前にご主人を亡くされたという方がいて、彼女が「今まで私が何でもやって来たから、不自由は全く感じない」というのを聞いて、すかさず「私も」と言いました。まだ元気なんですけどね。
 で、用心のための時間も加えると、約一時間くらい早く着くのです。その一角は、南から行くと新しくできた県庁の先で、病院も含めた、県の保健関係の施設が数棟、古くって大きな建物が集まって建っていて、壮観でした。さすが県庁所在地という感じです。で、やる事も無いので一人でその周りのウオーキングでもしようかという事になりました。
 最初、横の方に歩いて行ったのです。そうしたら、遊歩道がありました。これ幸いとそこに乗っかって裏の方に行くと、林の中に入って行く小道がありました。ちょっと怖かったのですが、興味もありましたのではいって行きました。林の中の小道は100メートルも続いていたでしょうか。ちょっと開けたところに壊れかけた神社がありまして、その上の開けたところには、『植樹した』という杭が立っていました。多分あそこに本殿があったのだろうという位置関係でした。で、その先には下におりる石段が続いていて、忘れられたお宮の面影を残していました。
 当然のごとく、崩れかけた石段を降りて行きました。そこに人がいて、未整備の水道のような蛇口から、二リットル用のボトルに勢いよく流れ出る水を汲んでいました。それが『笠原水源』と言われるものだとは、そこの立て看板を見て知りました。。
 これが六回の講座のうちの二回目の事で、それから三回、大きなボトルをたくさん持って、講座の前のひととき,水汲みをしました。一回は汲む必要がないほど,余ってしまっていたのです。
 よくよく周りを見渡すと、神社から水源に降りたその下は川になっていて、その周りが割り方広い公園になっています。その公園は川とともにずっと続いていて、その先は千波湖に流れ込むようになっているようです。やはり、さすが県庁所在地です。最初からこの水源を守るように建物を配置したようです。
 今度、時間があったらトレッキングしたいものだと思います。