2016年11月26日土曜日

英国ミステリー噂話、最新事情

 円安で、景気が良くなってきて、中古住宅も高いわりにいいものが無く、新築の建売がどんどん出ているという話をしたことがありましたが、いまだにその傾向はつづいています。
 そういえば、先日年末ジャンボ宝くじが発売になりましたが、買いに来た私くらいの女性が、インタビューに、「家が傾きだしたので、何とかしたいと思って」と言っていました。私とおんなじ。
 話がそれてしまいましたが、この頃、これはAXNの英国ミステリー放送にも影響しているのではないかと思い出しました。この頃、ポアロやマープルの再放送ばかりで、新しいのといえば、怪奇な恐ろしげなものばかりです。昔は『英国で大人気の』という大見出しがついていたのに、今はありません。
 オンデマンドで見ればいいと思いますが、そんな余裕も時間もありません。一日の中で、これとこれを見てというアクセントにしているのです。
 不景気といわれる英国で、重厚なドラマが作られなくなったという見方もできるかもしれません。でも、シェークスピアの国ですからねえ。ドラマは輸出品になっているはずです。ということはやはり、円安で、以前みたいに買えないんじゃないかと思ってしまいました。
 昔はチャンネル銀河やNHK、LaLaTVでも結構秀逸な欧米の海外ドラマ放送は盛んでした。今は韓国や中国のドラマが主流です。好きな人はそれでいいのですが、私みたいに英国ドラマを楽しみにしている人には寂しい現実です。仕方がないので、この頃放送される、フランスやスイスのドラマを時々見ています。どうせ字幕を見ているのですが、慣れた英語から受ける印象と違います。ちょっと寂しいです。
 円安で景気は良くなっているのでしょうが、モノが高くなって、一長一短ですね。

2016年11月16日水曜日

眠れない夜は

 歳のせいか、このところ、眠くなくて、夜中の二時三時まで起きて、テレビを見たり、ネットを見たりしてしまう事がありました。そんな時は昼間に二十分程度の昼寝をしてしまいます。それで、五時間とか、七時間とかの睡眠を補っています。
 まあ、時間は自由なのですからそれでもいいのですが、眠れなくって起きていて、する事も無くテレビを見ていると食べてしまうのですよね。
 で、何とか早く寝る方法はと、十時頃には布団に潜り込むのですが、やはり、眠れない時は、また起き出して来ます。
 一時期、家に漢方の古い睡眠薬があったのを思い出して、飲もうかとさえ思いました。でも、そこは薬嫌いですから、我慢しています。
 寝る前に散歩をするといいというのを、昔、聞いた事がありまして、夕方、散歩に行った事がありましたが、夕方でさえ、暗くて怖いと思ったのですから、寝る前になんてとんでもありません。
 そんなあるとき、テレビを見ながらマッサージ機にかかっていたのです。昔は、マッサージチェアを買って使っていたのですが、処分が大変なのでもう買いません。そのかわり、小さな椅子に当てて使うマッサージ機です。それでも十分です。
 話がそれましたが、そのマッサージのあと、布団に入りましたら、すぐに寝られたのです。
 それ以来、私はこれを日課にしていますが、やはり、人によって違うでしょうね。便秘対策で、人がやって、いいというモノを私がやっても治らないのと同じです。でも一度試してみる価値はあると思います。

2016年11月10日木曜日

このひと月

 一ヶ月ぶりの更新となってしまいました。いったいどうしていたのでしょう。
 まず広島の優勝ですよね。そのあとのパレードと黒田選手の引退。数々のネット記事,選手達の手記やファンの皆さんが涙ながらに書いてるブログをたくさん読んで一緒に涙を流していました。
 結局,パレードはニュースでしか見られませんでしたが,そのあと数日して,動画があるよということをファンのブログで知って,全行程を見ることが出来ました。そのあとの.優勝報告会と黒田選手の引退セレモニーの動画もあるようでしたが,まだ見ていません。今度,もう少しゆっくりしたら,見ようと思ってブックマークに入れました。ニュースでは,何度も見たのです。
 その後,家族の体調不良が続き,元気な私は痛い足腰を引きずりながらも大忙し。
 そうそう,洗濯機が壊れて買い替えたので,一週間ほど足踏み洗濯をしていました。
 その後,ミシンが正常に動かなくなり,コンピューターも壊れました。誕生日がきたので,上の娘にミシンをねだり,下の娘にいらないコンピューターを貰いました。いよいよ68歳です。コンピューターなんか特に慣れるまで大変です。
 でも,こうも続けて機械が壊れるということは何かの前触れでしょうか。
 そして,世間の大ニュースが続きました。韓国大統領の不祥事。アメリカの大統領選挙で、やっと次の大統領が決まりました。テレビで見ている限りですが,皆さん不安そうですね。でも,この歳になるとわかりますが,世の中って,安定なんてないんですよね。そんな中で,戦争だけはしてはいけないというメッセージのドラマやドキュメンタリーがいかに多いか,このところ気づいています。
 そんな不安定な世の中を、どうやって生きて行くか,私は櫻井よしこさんが書いた,『何があっても大丈夫』という本をお薦めします。これは波瀾万丈の人生を生き抜いたお母さんの口癖だったのだそうです。桜井さんの人生も波瀾万丈だったようですが,この言葉を胸に、落ち着いて対処できたのでしょう。
 さてそんな中,私のダイエット計画は頓挫してしまいました。これは言い訳ですね。
 黒田選手が言っていました。いつも野球の神様がいると信じて,一生懸命やって来たと。
 私も,ヨガの神様がいると信じて,ここひと月ほど、出来なかった30分のヨガを再開しました。食事制限をして,体が弱くなっては,人を支えられないからと、食べ過ぎてもいましたが,心を入れ替えて、さあ,また今日からです。

2016年10月3日月曜日


人生は変えられる

 そんな言葉を何かで見たか聞いたかして、本当かなと自問自答していました。
 つらつら思うに、人生が変えられるとは、それによって、経済的によくなる事だと思いますよね。
 あるとき、しくじり先生で、先生役をした会社社長が、大損失を出してホームレスにまでなり、それまで、冷徹の虎と呼ばれていたくらい自分だけを信じて頑張って来たのが、間違いだったと反省し、人を信じるようになり、人に仕事を任せるようになって、V字回復を果たしたという人生を告白していましたが、まさにあれが、「人生は変えられる」だと思っていました。
 そんな事できるはず無いと思いました。人と関わりたくない対人恐怖症の私に。
 しかし、更に考えてみると、なぜ人が怖いんだろうというところに行き着きました。それは人を信じていないからなんですよね。社長と同じです。勘ぐるんです。あの人はああ言ったけど、裏では違う事を言っているんじゃないか、軽蔑しているんじゃないかとか。
 それは、何遍もそういう場面に出くわしたせいもありますが、きっと自分もそういう人間だからなのだろうと思います。何せ、小説家になりたかったくらいですから、きっとそうだという思い込みが激しいのです。疑心暗鬼になって、関わりたくないと思ってしまう、まさに人を信用していない状態です。
 でも、この頃、これを経済活動と切り離して考えてみると、人の好意を疑う必要がないという事に気がつきました。人の言った事、もちろん面と向かって悪い事をいう人は少ないのですが、それをそのまま受け止めていいんだと考えると、気が楽になりました。人を信じるという事ですね。
 実は「人生は変えられる」という言葉をどこで聞いたのだろうと、考えていたのです。二度同じ場面を見た気がしまして、ああ、ここで聞いたんだとその時は思いましたが、また忘れてしまいました。メモしておかないとダメですね。そんな歳になって、人生が変えられたとしてもあまり役には立たないような気もしますが。
 経済的に豊かで、お金のある人は、どうしても経済活動に関わってしまいそうなので、用心も大事ですが、幸いにも家には騙されるようなお金がありません。ちょっとした車検の払い過ぎでさえ引き締めているくらいですから。まあ、高い車検くらいなら、会社の方針程度で、悪意でもないのでしょう。経済活動って、それ自体が人から利益を得るという行為なのですから。

2016年9月24日土曜日


Tシャツのリフォームーとと姉ちゃんを見ていて

 大正生まれで、戦争を町中で生き抜いた姑は、戦後のモノの無い時代を振り返って、あの頃はみんなが貧乏だったからと言っていました。つまり、バブルの時代になっても、貧乏でふがいない私達、息子や嫁を見ての事です。
 姑の時代はまさに、あのとと姉ちゃんの世界です。戦時中、東京から地方都市に四人の食べ盛りの息子達を連れて帰って来た姑は、それは大変だったろうと思われます。夫は栄養失調でお腹がふくれたと言っていました。
 姑はお金持ちの商家の生まれで、物持ちでした。着物や帯を次々と食べ物に買え、ある時、上の息子達に帯を託して、食べ物と換えて来るように頼んだようです。その帯を息子達は無くしたようでした。どうやったら無くせるのか疑問の湧くところではありますが。姑は怒り心頭に発したようですが、息子達は極楽とんぼです。後に成功した兄が、極上の帯を返したと言っていましたが、その時のわだかまりまでは消せなかったようです。
 そんな姑ですから、着道楽の始末屋でした。箪笥の肥やし寸前の着物を何竿も持っていて、洋服にリフォームしては華やかに出歩いていました。若い時や忙しい時は、体に合わせて買っていた洋服を、時間ができた事もあり、少しずつ直して着るという私のリフォームはそんな姑を見ていて始まったのです。
 バブルの時の借金をやっと返し終わった私達ですが、貧乏はずっと継続しています。貧富の格差が大きくなったといわれるこの時代、いくら少しずつと貯金に廻しても、モノの値段は先を行って上がって行きます。それが分かったのは、いつか中古の住宅を買いたいと思って、ずっと値段をチェックしていたからです。中古住宅が余る時代になると言われていたのに、これだけ新築の住宅が建てられているのに、中古の住宅の値段は下がらないのです。だから、ちょっと安いと思われる中古住宅はすぐに買い手がついてしまいます。
 そんな掘り出し物が出た時に、ぱっと手を挙げるためには、それだけのお金がなければできません。そのために節約しなければという事で今実践しているのが、着るもののリフォームです。今、洋服はほとんど買わないと、前にも書きましたが、母の遺品、今の私の体型に似ているので、ほとんど直さずに着られます。娘達のお上がりや姑の遺品はしばらくしまい込むか、少し広げて着ています。
 古くなったTシャツを、私はショーツにリフォームしています。娘は袋状にして、ひもを通し、もの入れにしていると言いました。もちろん汚れたモノは切って、あちこち拭くものにして、最後は洗わずに捨てます。靴や靴下以外は、直しながら着れば、ほとんど買わずに済むのではないかと思っています。

2016年9月20日火曜日


倉捕手の引退

 さあ、セリーグ優勝も決まった、とほっとする時期は、次々と引退も発表される時期でもあるんですね。
 広島でも、倉捕手と広瀬選手が引退と発表されました。私、黒田投手といつもバッテリーを組んでいた倉捕手が好きだったんです。捕手って、重要なポジションの割にあまり華やかではありませんよね。エースのように勝利数が数えられる訳ではありませんし、古田さんのような才能のある人は別にして、二千本なんてヒットもなかなか打てません。それほどハードなのだと思います。だって、立ったり座ったりしながら投手と同じだけ球を投げている訳ですから。ある意味準エースです。
 記事に倉捕手が、『黒田さんが帰って来るまでは現役でいようと思っていた』と書いてありましたが、それが倉捕手のモチベーションになっていて、一軍出場のできない過酷な辛い状況でも自分を鼓舞し、四十一歳まで選手を続けてこられたのだろうと思います。
 それが倉捕手の精神的な支えだったのだろうと思いましたが、反対にそうして待っていてくれる仲間がいたという事が、黒田投手が現役のまま広島に帰って来るモチベーションになったのだろうと思います。新井選手の復帰もそうかも知れませんが、倉捕手や鈴木本部長の信じて待ってる姿勢も、黒田投手の拠り所だったと思います。
 新井選手の記事に、『広島を去りたくはなかった。しかし、金本選手と一緒に野球がしたいという気持ちもあった。でも、黒田さんがメジャーに行かなければ、僕も行かなかっただろう』と、いうのがありました。
 私のようなあまり人と付き合わない人は、『なんて、自立心の無い』と思ってしまいそうですが、結局、人は自分を分かってくれる人と一緒にいたいのです。辛い事も一緒に頑張りたいのですね。私のような人は、頑張れないのです。すぐに諦めてしまいます。すぐに『どうせ』とか言ってしまいます。
 今年の広島はまさに『神って』ましたが、監督を始め選手みんなが『今年のチームは最高です』『チームが一丸となっています』というように、皆がお互いを信頼して、がんばりを認めあっているから、神懸かり的な勝利が次々と生まれたのでしょうね。小窪選手という絶妙なコーディネーターがいたようではありましたが。
 いよいよの十月決戦で、どうなるかは分かりませんが、悔いなく戦ってもらって、また、来年は新しい若いチームが生まれるのでしょうね。
 このところ、野球ブログのようになっていますが。

2016年9月17日土曜日


弱気ー広島の優勝について思う事

 『消え入りたい』という言葉がありますが、この頃、よく意味が分かった気がします。気の弱い私ですが、若い頃はあまり考えた事が無かったのです。この頃、『いつか死んでしまえば消える事ができるのだ』と思います。だから多分若い頃は、死というものが身近にあるとは思っていなかったのでしょう。
 この度,広島の優勝の経過をつぶさに見聞きして、選手やスタッフの成長を目の当たりにして、皆、強気もあるだろうが、弱気もあるだろう、それを練習して、考えて、乗り越えて、あんな大人の考えや言葉が出てくるようになったんだなあとつくづく思いました。
 一番先に感じたのはジョンソン投手です。アメリカではあまり成功せず、二年前日本に来てすぐに、準完全試合をした時に、一番最初にキャッチャーの石原選手のおかげだと感謝の言葉を贈りました。以来くすみかけていた石原選手がみるみる輝き出しました。苦労人なんだなと思いました。今年シーズン中に広島とあと三年の契約を結びましたが、誰が見てもそうだったのだろうと思います。
 そして最多勝を争う今、『野村と一緒に取れたらいい』と言いました。それに呼応するように、野村投手が『ジョンソンが言ってくれましたが、本当に一緒に取れればいいと思います』と言いました。これだったらチーム内がまとまるはずです。頭もいいのです。
 最初の頃に活躍した天谷選手が言った言葉も心に残りました。『石原さんや新井さんが老体にむち打って頑張っている。若手は活躍している。俺たち中堅も頑張らないと』。そして赤松選手,『ベンチにいる者はみんながレギュラーだと思っている』。
 比嘉広報の『コマブロ』をいつも見ているのですが、試合に勝ったあともブルペンで素振りをしてからロッカールームに行くという若手選手達の写真が時々載ります。きっと、それをしなかったら、弱気になってしまうのでしょうね。これだけやったという自信が強気と余裕になるのでしょう。
 応援に行ってくださるファンの方々も含めて、ありがとう広島。