2012年10月19日金曜日

スキャナーで撮り直し 

 ある日、暇に任せて、手直しをしていましたところ、クリックして大きくした商品の写真がぼやけていることに気がつきました。表紙の副題が読めないのです。やっぱり、カメラで六冊一緒に撮って切り分けたやつはダメなのかと思いました。立体的なやつはカメラでないと写せないのだから、本のように平面的なものはスキャナーで撮るべきだったと後悔して、それから時々写りの悪いのを選んではスキャナーで撮り直しをし,写真を取り替えました。
  そんな編集過程で、違う商品の説明文がついてしまった大間違いも発見。時々手直しも必要のようです。
  一日およそ二時間のショップ仕事のときは,用がなくっても必ず画面を開いてみますが、並んだ画面が美しいのです。一つ一つを取ってみたらアマゾンの方がきれいかも知れませんが、うちの方が写真が大きいので、並んだ感じが圧巻です。と、一人悦に入っています。それを見るたびにスキャナーで取り直して良かったと思います。
  もう一つ、暇だといろんなことをするもので、今月打ち込んだ新しい商品がヤフーで見つけられるかと、名前を打ち込んでみました。『ありました』と思ったら、他所のショップの名前が出ていました。アマゾン以外でも売っているのです。ちょっとがっかり。それで、また焦って、値段を変えようかと思いましたが、止めました。うちの商品に誇りを持たなければダメでしょう。美しいし、初版本だし、レアものなのだから。
  結局、うちの商品は検索できませんでした。まだ、検索サイトに載っていないのでしょう。やっぱり何回もショップを覗いていたのは検索エンジンだったようです。がんばって載せて下さい。その間に私は次にアップするレアものを夫の本棚から探します。さて、どんなのにしましょうか。

2012年10月12日金曜日

アマゾンの値段は日々変わるのです

  INAXの打ち込みを終え、修正もして、今月の仕事はこれで終わりとばかり,のんびりしていたのです。それがある日、何かを修正しようとアマゾンのページを覗くと、値段がドンと変わっていたのです。
  びっくりしてよくよく見てみると、アマゾンで新品もおいてありましたが、中古本を持っている人がそこに出品して売っているのがあって、私は両方見比べながら値段を決めていたのです。ところが、おもてに書いてあるのは最安値で、そこをクリックして開くと、出品している店主が自分で判断した値段がそれぞれに付けられているのです。『可』の本は安く、『良』の本は幾分高く、『新品同様』や『初版本』は更に高く、保護カバーがつけられていたと言う『コレクター商品』は何倍もの値段がついていました。
  『エー』と思って、思わず値段を再チェックしてしまいました。よく見ると、中には一冊売れて、次の値段が出ているものもありました。つまり最安値の『500円』のものが売れて次の値段の『2500円』が最安値になっておもてに出ていたのです。初めはオークションでいきなり高くなったのかと思いましたが、そうでは無さそうです。
  かと思うと、新しい出品があったらしい本は最安値が安くなっていました。つまり、『10000円』を超えていたのに、今は『9999円より』がおもてに出ています。  これは難しいです。『やっぱ自分のの美意識でいいのかしら』とショップに出す値段表をまたつくり直しました。家のはどちらかというと『コレクター商品』に近いのです。集めていただけですから。読んでいないし、ほとんどが初版本です。でも保護カバーなどはつけていませんからそれなりに表紙の角が擦れたものもあります。それで、やっぱりもとの『少し高めに』戻しました。
  もう一つ、お客様の好みを判断するページを見つけました。つまりどの商品にお客様が何回訪れているかを記録したページがあったのです。それはお客様か検索エンジンかどちらかは定かではないのですが、私の予想とはずっと離れていました。難しいですね。
  この値段を付けるというのはおこがましいですけど、店主の醍醐味なのかもしれません。本の美しさ、古さ、必要度、いろんなものを考え合わせて、値段を付けて行くのでしょう。叉しばらくしたら、再チェックしなければならないかもしれません。超レアものだと思っていた商品が、一点出品されていて、値段を下げた例もありましたから。
  私も『どうしても売れなかったらアマゾンのここに出品するという手もあるんだな』とも思いました。これはまだまだ先のことで、出品限度の100MBまで商品を並べてからの話ですが。このままで行くと、夏休みを挟みましたが、今三ヶ月で5MB超ですから、慣れて来たとは言え、あと一,二年はかかりそうです。
今だけに集中する 

 『あるのは現在だけ、今を最高に生きる』という言葉は、昔から言われていましたが、私が実感として分かるようになったのは、つい最近、年金を貰い始めてやっと一息ついた後でした。
  その頃、やりたいことはいっぱいあったのです。しかし、父が亡くなり、母が認知症になり、特有の騒動を起こし出し、足腰が衰えて入退院を繰り返すようになり、加えて夫の糖尿病、それに起因する脳梗塞、入院退院。初孫の世話。『何でこんなに忙しいんだろう。やりたいことはいっぱいあるのに』と足掻きしていました。
  そんな状態の一年半前、東日本大震災が起きました。昼過ぎでしたか。孫と娘が来ていましたから、私は孫を抱き寄せ仁王立ちしていました。
  父が亡くなったときから、死は随分身近に感じられていましたが、その後の津波、行方不明者、原発放射能漏れなどが次々に起こると、もう、やりたいことなんて言っていられません。みんなで知恵を集め、手を貸し合って生きて行けなければならないのですから。
  わが家でも皿は割れ、本が落ち、柱が少し曲がりました。それでもたいした被害は無く、水道や電気が止まり、交通渋滞で孫と娘が帰れなくなったことくらいでした。それらの片付けを娘たちが協力してやり、水道の止まったわが家で、下の娘が抜いていなかった風呂水を管理して水洗トイレの水を間に合わせました。
  あの震災以来、絆という言葉がクローズアップされた感がありますが、私も実感として体験しました。家族がいて自分がいるのです。あれ以来私はやりたいことの一つを忘れました。家族への手助けが最優先になりました。『何と遅い気付きか』と思いますが、とにかく気付いたのです。
  今、私は家族の中心にいます。結構重労働です。確かに昔から中心にいて重労働で、その頃は『逃げ出したい、違うことをやりたい』といろんな夢を見たり追いかけたりしていたのですが、今は掃除機をかけているときでもその時間に集中しています。『明日はこのカーペットを洗濯しよう』とか、『使えない前の掃除機の集塵バッグはどうやったら再利用できるか』とか、洋服の出し入れのときは、『この使わない服の再利用はどんなふうにしよう』とか。昔は『早く終わりにして、次の何かをしなければ』と急かされるようにやっていた夢とはかけ離れた家事が、そこに家族の喜ぶ顔が浮かぶことで夢中になれるのです。
 そこにはもう、思い煩う過去も夢に見る栄光の未来もありません。夢中になっている現在だけです。こうした最良の現在の積み重ねが信頼に繋がり、最良の未来になるのでしょう。イチローさんの名言は『小さなことの積み重ねがとんでもないところに連れて行ってくれる』でしたか。
  やりたい夢はいつかまた始めます。それよりも今は『今が大事』なのです。今しなければ消えてしまうことも人もいっぱいあるのです。過去も未来も思い煩うのは愚かです。やっと認識しました。
  更に考えてみると、父母のことが思われました。本当にたくさん助けてもらいました。私に愛情があるからだと不遜にも思っていたのですが、今はそれだけではなかったのではないかと思われます。あの時代の人たちは戦争を経験しているのです。『みんなで助け合って』というのは言われなくても身に染み付いていたのでしょう。みんなが助け合って同じ方向を向いて、だから戦後の大きな経済成長を成し遂げられたのではないかと思いました。

2012年10月5日金曜日

忙しいと言葉尻を気にしている暇がない 

 実は私は、内にこもるタイプの人間なのです。後悔もいっぱいしますが、執念深く恨みがましい人間です。
  幸い息子はいませんので、嫁姑の確執をすることはありませんが、夫の母である今は亡き姑とは犬猿の仲でした。一言弁解させて貰いたいのですが、姑も同じ性格だったのです。そこに来て、その頃は二人とも専業主婦だったのです。つまり、いつも自分たちの感情にだけ向き合っていたのです。
  娘達が大きくなると、『お宅は娘さんでいいですね』とよく言われましたが、そんなことはありません。今でも言いたい放題言い合っていて、私は「絶対同居なんかしない」と公言しています。
  要は、言いたい放題言い合っている言葉尻が時々遠慮会釈もなく胸に突き刺さるのです。それは近くにいれば誰でも感じることです。じゃれ合っている子犬が時々噛まれて泣いているのと同じです。でも、対人恐怖症気味の私ですから、内にこもってしまうのです。そういう私の娘達ですから、やっぱりみんな内弁慶で近くにいるのです。いないと寂しいのでしょうが、摩擦が多いのです。
  そんな私が、ショップを始めて、ブログを始めて、『どうしたらお客さんが来るだろうか』、『本当にブログは公開されているのだろうか』、『なぜアメリカからトラフィックが来るのだろうか』などと夢中になっていると、娘達の言葉尻が余り気にならなくなって来たのです。
  『生きるってこういうことなのかな』と思いました。つまり、自分のしたいこと、おもしろいと思うことに夢中になっていると、他のことは余り気にならなくなって来るようです。
 『役者は親の死目に会えない』とよく言われますが。それだけ夢中になっているということですよね。他にも社会の第一線で夢中で仕事をしている人たちでは、物理的にも感情的にも親の死目に会えない人はたくさんいると思います。
  その後悔も恐ろしいことですが、でも、私は幸いにも六十代ですから、そのバランスの取り方を知っているつもりです。仕事を楽しみながらも、家族の居心地の良さに心を砕く。感情の棘が気にならなくなった分、大らかな気持ちで家族に付き合って行こうと思います。悪く言えば、あのピン芸人のように『受け流す』生き方でしょうね。
  これも一日二時間、『ああしよう、こうしよう』と夢中になれるショップがあるおかげです。その他の時間で家事もガーデニングも買物も運動もこなさなければならない。忙しいのです、主婦は。

2012年9月28日金曜日

打ち込みをしていると 

 アマゾンの値段表を見ながら、写真をアップし、少し高めの値段をいれ、中をぱらぱらとめくって、内容の確認をし、筆者の名前などを打ち込んでいると、『こんな美しい本を、売らなくってもいいのじゃないか』と思えて来て、値段をどんどん高くして行ってしまう自分に気がつきました。
 でもね、本当に見ないんです。私は専門じゃありませんし、本は様々なテーマに分かれていますから、夫も専門外のものはやはり見ないのです。もしかしたら、あの頃、よく東京へ行っていましたから、ギャラリーを覗いていたのかもしれません。
  それで、ハタと気がつきました。『もし、このテーマの好きな人がいて、その人がこの本に出会ってくれたら、こんなすばらしいことは無いのではないか』と。
 打ち込み始めて、何日かして、そのことに気がついて、もう半分打ち込んだのを、最初から引き戻して、値段をアマゾンと同じに修正しました。この本を探している人がいたら、早く出会ってほしいと殊勝に思うようになりました。私も少しですが、商売の本当の意味に気付いた気がしました。いくら儲かるかじゃないんですね。出会いを演出してナンボなんです。
  ただ一つ、夫も少しは協力したのか、INAXからの礼状の入っていたのだけは少し高めにしました。本当にきれいなのです。
 本て、つくった人みんなの思い入れがあふれていて、みんなそれぞれに輝いているので、値段は、私ごときがつけるのは本当におこがましい限りだということがよく分かりました。謙虚にアマゾンさんの設定に従わせていただこうという気になりました。
  さて、INAXのうち込みもあと少しになりました。こうして商品を点検して並べて行くのもショップ店主の仕事なのですね。お店は、まだまだ、20分の1しか埋まっていません。写真を撮ってアップして、商品をどんどん多くして行くんですね。そうしてお客さまと商品の出会いが実現したら、始めてお店の収入になるのです。何となく分かって来ました。

2012年9月22日土曜日

値段を付ける

  次に値段です。最初に並べるのはINAXブックレット。昔、バブルの頃、INAXギャラリーが展示会を開くたびに展示品の説明と写真を一冊の本にして出していた逸品です。ギャラリーではそれを千円前後で売っていたようでした。
  以前ホームページで売れた二冊のうち、一冊は『立版古』という読み方も分からない、何か、紙芝居のようなものだった気がします。もちろん今は手元にありませんから正確ではありませんが、きっとそういう趣味を持った人が買ってくれたようなレアものだったのです。もう一つは『学校—学校建築の冒険』、これは卒論を書く学生さんのような方が買ってくれたような気がしていました。
  他の本も専門性が高く、写真がフンダンに入り、数人の専門家が説明文を書いています。
 それで娘達に話してみると、『オークションに出したらいい。本当に必要な人なら高く買ってくれるよ』という意見でした。
  『オークションねえ』と思いましたが、一度オークションサイトは覗いてみたのです。でも、案の定、『私には無理』と、すぐに諦めました。
  そうすると、今度は私が値段を決める必要が生まれて来ました。以前二冊売ったときは、私も原価の千円の値段を付けていたのですが、1900年代の終り頃の本ですし、見るたびにきれいなのです。長く所蔵していたのだし、こんなに手間ひまかけて売り出すのだから、原価+手間ひま、レアものの価値、倉庫代、それにインターネット代を加えて五千円でどうだろうかと、強気に思いました。
  そこで娘が一言、アマゾンで中古品の値段を出しているサイトがあるというのです。見てみました。確かに五千円するものもありました。INAXアルバムというのも一冊一緒に入れようと思って調べてみると、それは一万円超でした。でも、千円に満たないものもありました。
  因みに、『学校』は千円超でしたが、『立版古』は三千円超,立体透かし絵と書いてありました。
  と言うことはこれに準じて値段を付けるのが妥当かも知れないと思い、これよりは少し高めに設定しました。家のものは、ほとんどが初版本で、値段も昔の値段がついていますし、今回私がぱらぱらとめくった程度で、本当に誰も読んでいないのです。アマゾンはものによって配送料無料と書いてありましたが、なかなかそうも行きません。こうして高くはなってしまうのですが、あちらが無くなってしまったら、こちらに注文が来ると思ったのです。
  そしてアマゾンにも出ていない、本当のレアものはいくらにしましょうか。

2012年9月16日日曜日

あきない 

 来訪者が来ているのか、いないのか、よく分からない状態で、お店を開いていると、将来が不安になります。このまま、誰も来ないで終わってしまうのか、それとも千客万来になるのか。これは普通のお店の人と同じだと思います。
  まだ開いたばかりだというのに、『十年したら仕舞おうか』などと考えていたりします。そんなとき、夫の言った言葉を思い出します。「商売を『あきない』というのは飽きないでするからなんだ」と言ったのです。
  その時はただ『なるほどうまいことを言う』と思って聞いていたのですが、今は実感として分かります。商売には『飽くなき工夫』と共に『飽きない忍耐』が必要なのです。それがまた商売の醍醐味でもあるのでしょう。そういうアイディアにも辛抱にもあまり自信はありませんが、努力することに意義があるのかもしれません。
  そういう状態で、『古物商の許可』を取るときも悩みました。将来誰も来ないなら、二万円近くは無駄な投資です。でも『後ろには引かない』と思うなら、これは前に進む道です。それで、前に進む道を選んで警察に申請に行ったのです。これが無ければ、商品の工夫に多様性が発揮できないのですから。
  お金がかかりますから、『先ずATMで下ろして』と思い、八時半に警察につきました。ATMもまだ開いていないので、ドアの開いていた警察に先に行き、説明だけでも聞いて来ようと思いましたら、警察も「九時から」と言われ、それでも書類を取り出して来て説明を始めてくれました。
 「ネットショップを始めたのですが、古物を売る為には古物商の許可がいると書いてあったので」と正直に言いました。
  担当の方が、「古物商を始めるには、いろんな書類がいるんだ」と言いました。「つまり、古物を仕入れて売るわけだから、」とそこまで言われたのを聞いて、私のとちょっと違うと思いました。
 「仕入れはしないんです。手持ちのものを売るだけですから」
  「ああ、それなら許可はいらないです」
  何となくホッとしました。担当の方もホッとした様子だったのを見ると、書類というのがそうとう複雑で、大変なのだろうと思えました。
 「良かったね、一万九千円も取られなくって」と言われて帰って来ました。