2019年12月26日木曜日

腸内フローラ十ヶ月後、今までのスローガンを読み返しながら
 1週目、先週、最初にやったのは変形の間接的断食でした。つまり、朝食の時間はその日の用事によって、なかなか決まった時間という訳にはいかないので、諦め加減になっていたのですが、朝はその日によって変えるとして、一日の最後の食事は4時前にすることにしたのです。つまり、四時過ぎには食べないことにしました。それと、月一プール、一日三十分以上のウオーキング、これを一気にやって、1キロ減に成功したのです。さて、今週はと期待していたのですが、残念ながら戻ってしまいました。
 原因は思い当たらないのですが、強いて言えば、魚より肉のタンパク質が多かったことと、便秘がちだったことでしょうか。
 2週目、またもや婿の出張で、孫のお守りの一週間のお泊まり。その間体重は測れませんでした。食べる時間もまちまち、自分なりに気を付けて、運動したり、芋を食べたり。それで結果は、変化なく過ごせました。
 3週目、ちょっと忙しかったのです。それで変化なし。今回の主犯は夫です。でも、もう言うのをやめました。失敗は誰にでもあることですから。これも「練れた」ということでしょうか。
 4週目、変化なし。言い訳をすれば、「暮れで忙しかった」です。でも、忙しさに対応して体が動いていたということには感激でした。「もっと軽ければ、もっと楽に動けるだろうに」とは思いましたが。
 その間に、私は昔から早食いなのですが、ある時、のどもとを大きな食べ物が通るのに気がついて唖然としました。忙しいから、さらに早食いになって、丸いまま飲み込もうとしていたのです。
 その時、ダウン症のお子さんを持つお母さんが言っていたのを思い出ししました。「どんどん太ってしまう。多分、筋肉が弱くって、あまり噛めないんだと思う。それに加えて、やっぱり筋肉が弱いから運動もあまりできない。それで、いつも便秘。」
 まさに、私と同じだと思いました。来月のテーマはこれですね。「よく噛むこと」

開き直りができるようになりました。

 練れたということでしょうか老いたということでしょうか
 ある日、イオンに水汲みに行った時のことです。二台あるうちの二台とも空いていたので、両方とも使って汲んでいたら、そこに来た、おばさんが、まあ、私から見るとお姉さんですが、険しい顔をして「二台とも使っているんですか」と咎めるように言い放ったのです。
 空いていたから使ったのにと思いましたが、すぐに「あらごめんなさい、こちらどうぞ」と、終わった方を開けました。
 こう言う事態は二度目でしたが、昔はグズグズと後々まで思い出して、引き摺っていたものでした。今回は「まあいいや」と思えました。「若いんだなあ」と思ったり、「きっと、言ったことを後で後悔するだろうな」と思いやったり、心が大きくなったと言うことでしょうか、歳を重ねて成長したと言うことでしょうか。
 もう一つは、「お若いですね」と言われた時に、その言い方が、あまりに空々しかったので、言った人に「いくつに見えますか」と逆襲してしまいました。言った人は返事に窮して、「60代ですか」と言いました。流石に、その通りとは言わないで、「71歳になりました」と答えました。大して変わりないとがっかりしたそぶりは見せませんでした。
 これは心が練れたと言うことか、老成したと言うことか。

2019年12月13日金曜日

前のおばさん

 色々、老化を感じるせいか、亡くなった人のことが気になり出しました。
 我が家の前の家は、今流行りの引き取り手のない空家です。もう10年にもなりますが、崩れることもなく、形を保っています。そこにハクビシンが住んでいるらしいという話はしましたが、誰もいないその家は、寒くて寂しいらしく、夜な夜な餌を探しながら、ついでに暖かい屋根裏も物色しているようで、我が家にも二、三度入り込みました。今や追い出し用の棒は二、三本常備です。
 そこには、私たちが越してきた頃からおばさんが一人で住んでいました。しっかりしたおばさんで、至らない私を悪げなく、また、悪げを感じさせずに、付き合ってくれていました。
 実の娘、息子がいるのに、そんなに行き来せず、自分で働いて、自活していました。娘さんは結婚して遠くにいるようでしたが、息子さんは県内にいて、鳶職をしていたようです。そして、不肖の息子だったのでしょう、結婚して子供もいたのに、若い女性と駆け落ちし、さらには交通事故を起こして、彼女は死に、自分は大怪我をして働けなくなり、おばさんを頼って、前の家に住み着きました。
 おばさんから、愚痴や非難の言葉は聞いたことがありません。勿論、私などには言わないでしょうが。ただひたすら、創価学会のお題目を唱えて太鼓を鳴らす音がよく聞こえてきました。あれが、自分を整える行動だったのでしょう。
 やがて、おばさんも歳をとり、自転車に体を預けながら買い物に行く姿が目立つようになりました。息子さんは時々びっこを引きながら出てきて、花を摘んでいる姿が見かけられました。亡くなった恋人にあげるのかなと思いました。
 おばさんはここで亡くなることはなく、多分、娘さんに引き取られたのでしょう、いつの間にか、息子さんが一人で住んでいました。そして、息子さんはここで倒れて、救急車で運ばれて亡くなったそうです。今、小さくて古い家だけが残っているのです。
 昔、貸家だったこの古い家をおばさんは貯金をはたいて買ったようです。買ったほうがお得だったか、借りていたら、解体も大家さんの責任だったでしょうと思いますが、息子さんのために暮らせる家があったことは良かったかなと思います。きっとおばさんもそう思っていたことでしょう。
 やがて、私たちも、こうした思い出の一片になってしまうのでしょう。

2019年12月6日金曜日

便乗値上げ
 消費税が二パーセント上がって、お財布がどんどん寂しくなっていくなあと感じていた頃、買うものが、二パーセント以上に高くなっていることに気づきました。少しずつ少しずつ、本体もみんな値上がりしているのです。
 郵便局の振込料、台風被害のせいかもしれない野菜、インスタントのうどん、88円から98円になりました。プラス10パーセントの消費税です。海苔は以前から10枚入りが7枚入りになっています。
 そんな中、われらが自治体では、ゴミの有料化が宣言され、一枚5円くらいだったゴミ袋が同じくらいのサイズで30円になり、あまりの非情さに皆さん嘆くこと大でした。
 でも、これ、だんだんと政策の意図がわかってきて、納得できるようになりました。
 つまり、分別すれば、無料で出せるものが多くなったのです。今まではオムツも草も一袋に入れてゴミとして出していたのですが、オムツは別袋に入れて、書いて出せば無料、庭木は以前から丸って出せば無料だったのですが、ちょっと大きな草やトウモロコシの茎なども庭木に混ぜて紐でくくれば無料、以前からあった、無料の紙や缶、瓶、布などの資源ごみの他に、プラスチックゴミの日が新設されて、プラマークのついているものは有り合わせの袋に入れて、その日に出せばこれも無料です。そして、このプラごみの多いこと。せんべいやお菓子の袋にはほとんどこのプラマークがついているのです。今まであったトレイや卵ケースやペットボトルの他に、一袋がすぐにできてしまうほど多いのです。というわけで、分別すれば、有料のごみ袋は週に15円の小袋一枚で足りるようになりました。
 お年寄りが、スーパーで、くるりポイをして困るとテレビでやっていましたが、つまり、トレイを持ち帰りたくなくって、袋に入れ替えて、トレイを捨てていくということです。確かに分別が面倒なのです。分別しなければ袋代が高くなりますし、今度はコンビニのほうで頭を使って、トレイ無しの商品も置くようにしないといけないでしょうね。
 さてさて、こういう状況の中、家計の節約はどうやってしましょうか。

2019年11月29日金曜日

腸内フローラ九ヶ月後、甘いもの一日一個

 1週目、変化無し。
 この間も嘆きましたが、タンパク質多めにすると甘いものが食べたくなってしまい、『たんぱく質多め、糖質少なめ』の目標が守れないのです。どうしたらと悩んでいたら、あるコマーシャルに目が行きました。
 たんぱく質と糖質を同時に取ると、老化が早まるというコマーシャルでした。これ、私にもはたと思い当たることがあったのです。最近、顔にシミが増えたのです。甘いもののせいだとすぐに思うほど甘いものを食べていたのです。本当に、『貧乏人のくせに贅沢な』と思うくらい食べていたのです。
 そのコマーシャルではパンケーキの写真が載っていました。卵と粉、砂糖と蜂蜜、こんがり焼けた美味しそうな色。つまり、焦げてしまうのだそうです。この写真が私のシミに重なりました。それ以上は読みませんでしたが、やっぱり甘いものは一日一個、なんならゼロでもいいと再度決心をした次第です。
 2週目、変化無し。忙しかったのです。開き直ってしまいました。反省。
 3週目、変化無し。一日一個、なかなかできません。秋ですね。
 4週目、恐ろしい動脈硬化の話を読みました。歳をとるとお肉を食べなきゃいけないとテレビコマーシャルでやっているので、ついつい従ってしまいますよね。でも、同じタンパク質でも青魚を多くしなければ、中性脂肪やコレステロールが溜まって動脈硬化、高血圧になってしまうのだそうです。私の足イタの原因はまさにこれ動脈硬化のような気がします。もちろん、糖分や甘いもの、塩分のせいもあるのですが。以前から血液がサラサラになると言われている玉ねぎ食べましょう。
 そういえば、いつの頃からか、この減量計画の原則を忘れてしまっていました。色々な物を食べて腸内フローラ(花畑)を生き生きとさせる。便秘対策でした。今週は、今までのスローガンを思い出して実行したのです。1キロ減、68キロ台。ばんざい。

2019年11月21日木曜日

山の中

 以前、昔から当然あるものと思っていた実家の上の家が取り壊される話をしましたが、時々実家に帰ると、思わぬ話を聞きます。
 昔から親しんできた人たちが亡くなった話や、ボケ加減になってしまった話。同級生が不倫の末に離婚して亡くなって、残された両親の面倒を見に、妹夫婦が帰ってきたといったニュース。弟の同級生が大動脈剥離になって、一命は取り留めたものの、反応が無くなってしまった話。
 昔の村は狭い世界なだけに、生々しくわかってしまうのでしょう。
 そんな中で、思い出す人たちがいます。実際にはその人達の顔もろくろく知らないし、話をしたこともないのです。名前は覚えていない、記憶の闇の中です。
 〇〇さんというその人を見たのは私が子供の頃です。その人は田植えの手伝いの人たちに混じっていたのだと思います。あるいは茶摘みだったかもしれません。とにかく今思うと、わずかなお礼で働いていたのだと思います。だから、「〇〇さんが入院した」と民生委員をしていた義妹が言った時、思い出したのはひっつめに髪の毛をまとめた化粧気もない細面の、若くも老いてもいないその頃の顔でした。
 その人は山の奥に住んでいるんだと聞かされていましたが、どこだかは知りませんでした。のちに、老いた両親の運転手をして、あちこち周っていた時、新しい道路が山の方にできたから行ってみようと、山の端を登って行った時、さらに奥に入っていく細い道を見つけて、母が「この道は内〇〇さんの家に行く道だ」と言ったのです。本当に、山を登りきったところからさらに奥に登っていく道でした。
 『なんでそんな所に』と誰でも思うようなそれこそ誰も行かない山の中の一軒家のようでした。
 昔、祖母が、「あの人たちは馴れ合いだから」と言っていたのを思い出しました。馴れ合いという言葉の意味がわからなくて、やがて、駆け落ちものという意味だとわかったのはだいぶ後になってからのような気がします。そういう目で見ると、時々、リュックを背負って、山の方に歩いていくもう一人の〇〇さんと呼ばれた男の人を思い出すと、奥さんには似つかわしくないようなイケメンだと子供心にも思ったような気がします。 
 二人がどこから落ちてきて、どうしてそんな山奥に住み着いたのか、電気もない山の中で子供もなく、たった二人だけで、どんな会話をして息をしていたのか、噂にもならなかったところを見ると、誰も知らなかったのでしょう。時代を考えてみると、戦後の入植者だったのかもしれません。
 やがて、旦那さんも亡くなり、後に残された奥さんが一人で住んでいたようですが、入院してその後、施設に収容されたようです。
 そして、二人のいた山奥は自然に帰っていくのでしょう。そこに二人が寄り添ってつましく、誰にも邪魔されずに生きていたなんて、やがて、誰にもわからなくなってしまうでしょう。これも物語になりそうな本当の話です。

2019年11月14日木曜日

グレタさんの事

 アスペルガーだと公表しているようです。「一つのことしか見えないから、こんなに強く運動ができるのだ」と。
 今、発達障害の研究が進んで、多岐にわたっていて、私もその中の一つだとは思うのですが、あまり勉強しようと思わない怠け者の私は、アスペルガーではなさそうです。『逃げ腰症』でしょうか。
 でもです、我が家に化学物質過敏症の人がいると、かわいそうで必死になってしまいます。
 石油系の製品、例えば、灯油、(ガソリンは大丈夫なのですから、精製時に、抜かれるものが原因だと思うのですが)、アスファルトのタール、防虫剤、除菌剤、(畳もダメ)。今のゴキブリとりは神経を遮断すると聞いたことがありますが、まさに昆虫並みに苦しむ人がいるのです。昔、化学物質過敏症の人の話を読んだことがありましたが、我が家でそんなことが起こるとは夢にも思いませんでした。人生は予測不能ですね。
 グレタさんを批判する大人が多くいるようですが、誰が何と言おうと、「グレタさんがんばれ」です。近くでデモがあったら、71歳になったおばあさんでも参加しますよ。