2025年11月13日木曜日

 NHKのアナウンサーたち

 『NHKを2月いっぱいで退職し、フリーに転身した武田真一アナウンサー(55)』という記事をヤフーニュースで発見しました。武田アナは有名だったので、あの時とても大きなニュースになりましたが、あの頃、もう一人よく出ていた方も転職しました。『50代での転職でぶつかった、大きな壁 そして見つけた、新しい喜び 元NHKのアナウンサー内多勝康さんは、現在「医療的ケア児」と家族を受け入れる医療型短期入所施設「もみじの家」(国立成育医療研究センター内)のハウスマネージャーとして活躍しています』。

 NHKのアナウンサーの方たちはフリーになって他局で活躍する人たちが多いです。有働さんとか、大越さんとか、その前にもたくさんいたような記憶はありますが、ある時期を境にそれが多くなったような気がしますが、気のせいでしょうか。

 立花氏のNHK党の問題提起、ごく最近出てきたのは、兵庫県の偏向報道の問題。ここに来て高市政権に対する嫌がらせ。NHK内に中国関係者の部屋があると報じられたこと。

 あの偏向報道で有名なTBSの報道特集では編集長が韓国人の女性だったと報道されていましたし、その後、TBSの安住紳一郎アナが『韓国語ができなければ出世できない』といった感じの発言をしていられました。タレント並みに華やかなアナウンサーの世界でも、押し寄せる移民問題が身近にあり、国際問題が肘を接するところにあるようです。

 でも、私の年代の視聴者では『まさかNHKが』という思いがどこかにあって、高市内閣に対する斜めの写真とか、トランプさんの顔をぼやかすといった嫌がらせは、にわかには信じがたいものでしたが、やっぱりあるんですね。そんな状態だったら、メインキャスターとして、意に染まない意見を言わされるんだったら、フリーになろうと思う人たちがいてもわかるような気がします。

 ドラマを見なくなったわけ

 昔は本当にドラマ大好きで、毎日一本は必ず見ていました。あれって、時間つぶしでもあり、現実逃避でもあるのですよね。

 最初は、つまり子供のころは漫画でした。あこがれて自分でも描いていました。そこから本になり、映画になり、テレビの普及発達とともにテレビドラマになりました。本は能動的でないと続きませんが、ドラマは受動的にいくらでも供給してくれます。

 本の時はサスペンスはあまり読みませんでしたが、歳をとるとともにテレビで見るものはサスペンス一辺倒になりました。テレビのドラマ供給もサスペンスが多かったのです。需要があったのでしょうし、その意味では私はほかの人も一緒だと思っています。

 それがここにきて、テレビを切ってしまって5、6年になるのですが、ドラマは週に一度くらいティーバーで見る程度です。あんなに見ていた英国ミステリーもYTの外国映画チャンネルに登録していて時々お勧めに上がってくるのですが、ほとんど見ません。

 理由は忙しいからという一言に尽きます。今ではYTがテレビのようになってしまっているのです。以前にも『ユーチューブサーフィンしながら、まるで近所隣の愚痴を聞いたり、内情を探ったり、一緒に不正を憤ったり、新しい知識を得たりと、兵庫からウクライナまで興味ある所にはどこにでも行けます』と書きましたが、それに加えて、初の女性首相の活躍は見逃せないドラマ以上のドラマです。

 つまり、ミーハーであることに変わりはないのですが、より現実的になっているということでしょうか。

2025年11月7日金曜日

 鈍感力

 樹木希林さんの映像で、「この頃、75歳を過ぎた方と話をしたら、『今まで、悩んだことが大したことじゃなかったって気が付いた』と言っていました」というくだりがありました。いつものことで、それ以上は見なかったのですが、これって、私がこの歳になって感じることと似ています。

 私は『対人恐怖症だ』とずっと公言していますが、人と会わなければいいんです。年金生活のこの歳になったら、人と会わなくても暮らしていけるのです。自分の好むこと、ミニマリストのため、野菜を作ったり、縫い物をしたり、優雅じゃないことに集中していれば、人と会わなくっても暮らしていけるのです。

 それとは違って、高市早苗首相は「自分の強みは鈍感力です」と言っていました。「政治の世界では批判は日常のものです。何を言われても自分は正しいことをしているという信念を持っていれば、気にならない」。これぞ『鈍感力』と言っていたのです。

 若いときは人と人との間で、仕事をしてお金を稼いで生きていかなければなりません。そんな時、老人の自由の話は参考になりませんが、この高市首相の『鈍感力』と『信念』の話は糧になるのではないかと思います。

 言われてもすぐにできることではないと思いますが、そういう生き様を知っているだけで、心強いと思います。本当に頭のいい方で、その実行力も人選も、私は心から賛同し、ぜひ、その信念のある政治を実行していただきたいと思っています。

2025年10月30日木曜日

 本物の政治家が出てきたのはSNSのおかげ


「snsとは」のAI回答

SNSとは、Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の略称で、インターネット上で人々が交流し、社会的なつながりを築くための会員制サービスです。文章、写真、動画などを通じて自己表現やコミュニケーションを行い、遠隔地の人々や共通の趣味を持つ人々と簡単につながることができます。


 これをなんで規制する必要があるんでしょうか。引っ込み思案の私でさえ、匿名で言いたいことを発信して精神の安定を得ることができるのに。見たくない、聞きたくない動画も時々出てきますが、どなたかが言っていたように『表示しない』にしてしまえばいいだけのことです。

 今は『増税メガネ』とか揶揄されている岸田政権が初めてできたとき、岸田氏は『経済通』という評判でした。皆さんとはちょっと違うかもしれませんが、私は『アベノミクス』に反対でしたので、つまり、大きな経済の観点からではなく、一消費者の視点からでしたが。今でも、今の物価高騰は?ではないかと疑っています。あの時は派閥人事も多かったですし。その前の小泉さんの時代から、竹中平蔵さんが出てきて、そして自民党がだめになっていったのではないかと思っています。何せ、公明連立が26年間だそうですから。

 つまり、『経済通』と言われていたのに物価はどんどん上がり、なんの政策も取れなかった岸田さん、石破さん。マスコミは田崎史郎さんのような御用ジャーナリストを活用して嘘をばらまいていたのです。

 マスコミの違和感は何度も感じていましたが、一番おかしいと感じたのは兵庫県の斎藤知事の問題でした。前にも書きましたが、鳥取県元知事の片山善博氏のコメンテーターとしての発言でした。私はそれまで、信頼できるコメンテーターだと思っていたのですが、その時、『おかしい』と感じたのです。ご自分でも感じることがあったのだと思いますが、その時以来片山善博氏をテレビで見ることはなくなりました。

 でも、どこかわからないものに毒されたテレビの影響は大きかったのです。斎藤知事はいまだにたたかれています。

 保守党の百田党首も言っていましたが、立花孝志という男は正義の味方だったのです。私は、国営放送のNHKが視聴料をとるのはおかしいと昔から思っていて、すぐに立花氏のSNS発信を信じました。関連する動画を見ているうちに、斎藤氏が本物の政治家だと確信できました。中島由美子先生と同じ、遠い関東の空の下ですが。

 今、SNSのおかげで真実を知る人がどんどん増えて、「やめろ、やめろ」と言っている人たちの負い目がどんどん暴かれています。オールドメディアや共産党社民党、連合系の立憲、しばきたいが何を言おうとSNSが真実を見せてくれるのです。そうして本当の政治家とヤジを飛ばすだけの政治屋の違いが、はっきりと見る人の前にさらけ出されるのです。

 高市早苗首相の所信表明演説で、聞こえないほどのヤジを飛ばしていた立憲の一年生議員たちは顔も晒され、上からの指示だったことも分かってしまいました。比例で当選した議員だったことも。連合に押された、使命など何も持たない政治屋です。

 もうわかってしまいました。SNS規制をしようという人たちは、国民の目と耳を塞いでおきたいのです。本当の政治家に活躍されては困る人たちです。

 小野田紀美大臣が、「スパイ防止法に反対の人は自分がスパイだからじゃないか」と言っていましたが、その通りです。SNSに反対する人は真実を知られたら困る人たちなのです。もちろん、一般人の個人情報は保護された上での話ですが。

2025年10月29日水曜日

 家族の舟

 先日、亡夫はきっと雲のかなたで両親や亡くなった兄弟たちと再会して楽しく穏やかに過ごしているだろうと書いた時、『あ、他にも同じことを言った人がいた』と思い出しました。

 うつみみどりさんです。おしどり夫婦と言われていた愛川欽也さんが亡くなった時、同じようなことを言っていたのです。『お母さんにお返しする』みたいな趣旨だったので、ちょっと違和感があって覚えていたのです。

 今になれば何かわかるような気がします。人も変化するのです。いつまでも若いままではないのです。そしてこの歳になるといろいろと気づくことがあります。

 夫は男ばかり四人兄弟で、四人とも父母の周りを遠く離れることなく、お互いに迷惑をかけあいながらも、まるで太陽の周りをまわる惑星のように、離れても戻ってきて暮らしていました。夫も最初は片道五時間もかけて勤め先に通いながらも、決して離れようとしませんでした。

 ずっとなんでだろうと思っていたのですが、この頃思い返してみると、少しづつ分かってきたような気がします。

 夫の両親は裕福な家に育ちました。義父は銀行家の家の五男で、好きな芸術を生業に選びました。それでも後ろ盾があったので、華やかに東京で暮らしていました。義母は事業をしていた忙しい家でしたが、ばあやがいて、ずっと面倒を見てもらっていたようです。

 そんな二人が華燭の典をあげ、東京で文化人たちと交流しながら暮らしていたのです。だから四人の子供たちは皆東京生まれです。そして夫は昭和15年生まれでした。終戦の年です。一家は戦災を逃れて、地元に引き上げてきて、どちらかの家がまだ所有していた小さな持ち家をもらって、息をひそめて暮らしていたようです。戦後不況の中、乳飲み子を抱え、食べ盛りの子供たちを抱え、もうそこに豊かさはありませんでした。

 たくさんあった義母の着物を小学校低学年だった上の二人の兄たちが、農家に持って行ってお米とかえてくるという生活で、一番下の夫は栄養失調でお腹が膨れていたと言っていました。

 そうしてなんとか飢えた戦後を乗り切ったようです。

 それを考えると、経済に疎く、残酷な時間の中で老いていく両親の周りを離れられない息子たちの構図がわかってきました。それはつらい、団結の日々だったのでしょう。

 でも戦後生まれ、戦後育ちの嫁たちにはそれはわかりません。

 息子たちと姑には、特別な心のつながりがあったのでしょう。姑にしたら、その間に割って入ろうとする嫁たちは決して歓迎できなかったに違いありません。私を含めて、嫁たちは皆歓迎されませんでした。けれども息子たちは離れていくとは言わずに、皆、少しづつ間を詰めていくようでした。

 夫も亡くなり、考える時間も多くなった今になったらわかります。成長期に皆で戦後を乗り切った家族の舟の記憶が鮮烈すぎたのでしょう。

 そういえば、私の母も認知症になり、退院するときに、「家に帰ろう」という弟に、「やわたに帰る」と実家の名前を言ったそうです。母にとっても、大きな農家で、長兄と五人の姉妹たちと父母や使用人たちと助け合いながら豊かに育った家は忘れられない家族の船だったのでしょう。

2025年10月14日火曜日

 次なる発見 目からうろこの低糖質

 この間甘いものを食べていた時、少しお腹が空いていたこともあって、食べても食べても止まらないのです。

 『これか』とハタと思いました。お腹が空いているときに糖分を食べるとインシュリンがどっと出て、それを途中でやめると低血糖になって、ますます食べたくなる。太る。ここまでは、この間も書きましたが、わかっていたのです。

 そこで、ある日ユーチューブを見ていましたら、サッカーの長友選手たちが相談するお医者らしき人が出ていて、『糖質を摂りすぎると疲れる』ということをおっしゃっていました。『100パーセントのパフォーマンスができない』と選手たちが言うと言っていました。

 最初は上の空で聞いていたのですが、「脂質は太ると言われるがそんなことはない」と言われました。

 『これは』と思いました。『糖質制限ダイエット』というものの大元はこれかと思いました。今まで断片的に聞いていて断片的には取り入れることもあったのですが。

 目からウロコ。今、グルテンフリーとか言って、基本的に小麦粉を止めていますが、米粉パンは代わりに食べています。ご飯も一日1、2杯。夏はトウモロコシ、秋はクリ、サツマイモ、冬は餅。おやつはもっぱら煎餅。つまり、主食は糖質ですし、間食も糖質です。

 このところの不調はやっぱり糖質が多すぎたのかと思って、タンパク質と脂質をもっと取ろうと思いましたが、ここで、ハタとまた思いました。『タンパク質と脂質の多い食事ってどんなものだろう』『お腹減らないかな』『甘いものは禁止かな』。

 で、心がけとして始めたのは野菜、果物を食前に摂る。主食にはご飯少なめサケチャーハン。米粉パンのハンバーガー。ジャガイモのピザ。便秘のためのサツマイモ等々。甘いものは食後に。一日3食。でもおやつは大好きな煎餅ですね。お腹が空いたらコーヒーと牛乳。身体によいと言われるお茶やみそ汁は昔から嫌いなんです。

 これだったらなんとかできるかな。でもこれだったら、今までとそんなに変わらない気がします。

 人間万事塞翁が馬さん

 この『人間万事塞翁が馬』という言葉は、大昔、学校で習ったような気がして検索してみたのです。

 「塞翁が馬 意味」のAI回答

『塞翁が馬(さいおうがうま)」とは、人生における幸不幸は予測できないものであり、何が幸いし、何が災いするかわからないということを意味する故事成語です。

 この言葉は、中国の古い書物『淮南子(えなんじ)』に由来するエピソードに基づいています。

 由来となったエピソード

昔、中国の北の国境近くの砦(とりで)に住む老人(塞翁)がいました。

ある日、老人が飼っていた馬が逃げてしまいました。人々が慰めると、老人は「これが幸福にならないとも限らない」と言いました。

数ヶ月後、逃げた馬が胡(こ)の国の駿馬(しゅんめ)を連れて帰ってきました。人々が祝うと、老人は「これが災いにならないとも限らない」と言いました。

その後、老人の息子がその駿馬に乗って落馬し、足を折ってしまいました。人々が同情すると、老人は「これが幸福にならないとも限らない」と言いました。

1年後、胡の異民族が攻めてきて、多くの若者が戦争で命を落としましたが、足を負傷していた老人の息子は徴兵を免れ、無事でいられました。

この話から、「人間万事塞翁が馬」という言葉が生まれ、一見不幸に見える出来事が幸福につながったり、その逆であったりすることがあるため、安易に喜んだり悲しんだりすべきではない、という教訓が込められています。』

 で、これをチャンネル名に使っている兵庫の方がいて、その方が一生懸命、斎藤知事を応援しているために、私もついつい見てしまって、『本当にこんなに応援している方々がいるのに、なんでテレビや新聞では今だに斎藤知事の揚げ足取りばかりしているのだろうか、本当に中国のスパイが、政党にお金を出して、その政党からマスコミやしばき隊にお金を出して、善政を敷こうとしている斎藤知事や高市総裁のそれこそ誹謗中傷を繰り返し、日本の土地を買ったり、移民を合法的に送り込んだりに便宜を図ってもらおうとしているのだろうか』と、本当は、いくらお金のためとはいえ、そんな悪い人がいるとは疑いたくはないんだけれどと疑ってしまいます。

 普通の人間は人を信じたいものなのです。

 で、何個もあるこの方のユーチューブを見ていて、一つ『あ、これは私と同じだ』と思うものがあったのです。

 それは『心から出た言葉というものは人の心に響く、何か悪意や計算があって言う言葉は響かない』というニュアンスのお話でした。

 私の『感動するものが本物なのだ』という理論となんか似ているような気がしたのです。

 『人間万事塞翁が馬』のことわざを借りれば、きっとうまくいくのです。斎藤知事も高市さんも。今は正義のユーチューバーがたくさんいるのです。『何でも言える』そういう時代になったことに感謝です。これを規制しないでくださいね。学校よりもよく教えてくれます。