2022年6月2日木曜日

本、神谷美恵子著作集第3巻、『こころの旅』みすず書房、付録

 『付録として加えた、本に関する小さな文章群はまた、著者の神髄をいかんなく示すものである。いかに本を愛し、文化を愛し、人間を愛したか、視野の広く豊かな、開かれた世界である。』とカバーに、多分編集者だと思われる方の文章があって、少し休んだ後に読み始めてみました。

 確かに、そうでした。神谷美恵子さんのこころの中が見て取れるような文章が多くて、その人となり、生活がよくわかります。

 例えば、『桜井方策『救癩の父 光田健輔の思い出』、この本の編集には彼女自身も参加していたようで、これは序文らしい。この光田健輔という方は長島愛生園を創立し、園長を務め、患者たちのために生涯をかけた人のようです。それが、戦後、治療薬が開発されたことで、隔離は人権無視と激しい反発を受けるようになります。私も裁判が起こって、隔離政策が不当との判決を受けたことを覚えています。

 『たとえそれが自由と引き換えであったとしても、多くの浮浪患者が困窮のどん底から救われたことは否定すべくもない。この精神の輝きは歴史を超えて伝達されるべき日本の宝ものであると信じる』。

 『切れば血の出るような 』と著者が表現した姿。『先生は晩年に至るまで彼らの中に入り込み、自ら手を下して診察し、彼らの一人一人の悩みを聞くために島の中の起伏の多い土地を、不自由なあしをひきずってくまなく歩きまわっていた。患者さんたちの隔離政策を推し進めながら、一方では隔離される彼らの心の中を察し、忍びない気持ちに苦しんだことも少なくなかったことがうかがわれる。』これは患者さんたちを含めた、関わりのあった方々の手記を集めた本のようです。

 なかに、実業家で、日本キリスト救ライ協会を設立した人物、故後藤安太郎氏の言葉が書かれている。『一人の人間の祈りがこんなに大きな組織的働きをやり遂げた例を他に見ることができない』。著者は『ただ単に過去の偉人を礼賛するためだけでなく、光田先生を通して現れた日本人の精神の可能性を、未来の世界に生かしたいというまえむきな意欲があったのである』と代弁する。

 生きる姿勢が感じられて、頭が下がります。これを読んで、現在のウクライナの問題を考えるとき、プーチンさんは『クズだ』と本当に感じてしまいますが、精神科のお医者様の神谷先生なら、きっとプーチンさんの病気を探して解決法を探してくれるのだろうと思います。

 もう一つ印象に残ったのは、著者の『読書目録』です。精神医学書はもちろんいろんな本を読んでいるんです。知人の愛読書と聞いた本とか、外国の知人から贈られたフランス語の本とか、宗教の本とか、比較文化論、詩集とか。

 バージニア・ウルフの病理の研究もしていたらしく、英文の資料を何冊も読むという項目もあります。バージニア・ウルフはイギリスの女流作家で有名ですが、カッコだけ英文科だった私は、訳本さえ読んだことがありません。「確か家に文庫本があったな、捨てたかな。今度探してみよう」と思いました。