2015年2月11日水曜日


三度目の正直

 メイプルショップで売りに出しているんですが、売れてしまう前にと、『生活の世界歴史』全10巻を読み始めてもうすぐ二年になります。これは有名な本で、古本もいっぱい出ていて売れる心配は無いんですが、遅すぎますよね。
 世界史の基礎知識が乏しいせいもあって、書いてある事が頭に入らずにイメージが湧かず、一巻終わっても、何が書いてあったか覚えていないなんて言うのもざらでした。
 この経験、前にもありましたね、そうです、若い頃、大学の授業に出て、聞いていても、頭の中は他の世界を飛び回っているなんて事、ざらでした。これも劣等感のもとでしたね。今思えば興味が無かったんでしょうけど。興味を持つように自分を導いて行けるのが頭のいい人と言う事でしょうか。
 とにかく、メソポタミアの一巻からなんとかマリー・アントワネットの子、消えた王太子のルイ17世の頃までの八巻を義務のように読み終えて、第九巻、『新大陸に生きる』、言わずと知れたアメリカ史です。そして著者はかの猿谷要先生。
 ここで俄然スピードが増しました。年を取ったせいもあって、眠れないときなどは、夜中一時二時なんて平気で読んでいる事もありました。やっぱりアメリカ史は、短いせいもあり、ある程度身近で、知識があるのです。西部劇等の映像でもよく見ていましたから。
 そして猿谷要先生とは、これが三度目の出会いなのです。最初は大学生のとき、多分『南部奴隷史』で外部講師の特別講義だったと思います。今、この『新大陸に生きる』を読んでいると、あの頃、先生が留学して一生懸命研究を重ねていた時期だったという事がわかります。多分、夏休みで帰ってきたときにでも、特別講師を頼まれたのでしょう。
 で、内容はというと、『南部奴隷史なんて面白そう』とミーハー気分で参加した私にはやっぱり基礎知識が無く、先生の講義が専門的すぎたのか、さっぱり頭に残りませんでした。
 二度目は『ハウランド家の人々』の翻訳本でした。原作者の筆力のせいもあるのか、最初の頃は退屈でやっぱり「なかなか頭に入らない」と嘆き節をこのブログにも書きました。
 これが三度目で、頭に入りにくかった前八巻を制覇した後では、実によくわかる力作だと思いました。この本には、『ハウランド家の人々』の記述も出てきますので、この本が、私が出会った三回の中では、先生としても一つの集大成だったのかもしれまん。やっぱり私達の時代ではアメリカ史の第一人者です。
 この中に、アメリカがテキサスやカリフォルニアを併合する下りが出てきますが、工作員を送り込んでメキシコからの独立を宣言させ、援軍を送りつけ、抗うメキシコ政府と戦って領土を分捕っていった歴史が書かれています。これって、ロシアがウクライナでしている事と同じだと思いました。こういう方法、昔からあったんですね。私達には思いつきもしませんけど。
 中でも、読むに耐えなかったものは、インディアンの征服です。西部劇がどんなに残酷なものかわかります。洋の東西を問わず、歴史をひもといてしまうと、攻められる事ばかりが目につきます。反省材料ですね。
 だから、『渡る世間に鬼はなし』なんて事無いんです。もちろん鬼だらけじゃありませんが。難しいですが、見分ける力が大切なんでしょう。そして、自分が鬼にならないこと。