2019年1月10日木曜日

洗濯のうそホント

 柔軟剤の時に一度書いたことがあるのですが、また書いてしまいます。
 私たちが子供のころは、洗濯板を使っていたのです。石鹸を使ってごしごしごしごし、時々腰を伸ばしながら洗っていたものでした。
 それが大変だったから洗濯機ができて、ごしごししなくなった代わりに、強い洗剤が出てきたのです。そのころ、その洗剤にかぶれて、十代のころの柔らかな手に赤いかゆいぼつぼつができた話は前にもしましたが、それでも便利だったので、使っていたのです。
 二十代、三十代のころは、湖沼河川の富栄養化の問題が起きました。合成洗剤のリンが問題だったらしく、石鹸洗剤が見直されました。それでも、今、合成洗剤と、石鹸洗剤の両方が出ていて、合成洗剤のほうががぜん多いのは、石鹸洗剤の落ちが悪いと思われているのと大抵のものは臭いがきついのと、いろいろ問題があるようです。
 デモです。家族にアレルギーの人がいて、合成洗剤を使えなくなって、しばらくしてみると、わかることもいろいろ出てきました。
 その一、若いころあんなに悩まされていた静電気があまり起きなくなっていたのです。あの静電気を抑えるために、さらに柔軟剤を買って使っていたのですから、愚の骨頂でした。
 その二、落ちが悪くっても何てことないと分かりました。要は水洗いだっていいのです。汚れているところは、ピンポイントでごしごししたり、漬け置き洗いをすればいいのです。臭いが抜けないところも二度洗えば臭わなくなります。これは無臭の弱い石鹸洗剤でもできます。
 その三、大事な服はドライクリーニングに出さないといけないと思っていました。昔はドライクリーニング代、高かったのです。特に皮を組み込んだセーターは普通の何倍もしました。でも、アレルギーの人のいる我が家ではドライクリーニングに出せないのです。だから、いつもの無臭の石鹸洗剤を少なめにして、洗濯機のドライ機能で弱めに洗ってしまいます。ほとんどなんともありません。この程度の劣化は許容範囲だと思います。だって、こんなに新しい便利なものが次々と出てくる時代、何年も毎年同じ服を着る時代ではないような気がします。ある程度劣化して使用寿命を終えてくれたら。それでいいわけです。背広もそうしました。体形が変わって着れなくなる前にぼろ布で出せたらそれでいいわけです。
 今や科学万能の時代、洗剤も柔軟剤もどんどん新しいものが出ているようです。どんどんどんどん強力になっているのでしょうね。アレルギーは超能力ではないけれど、その毒性を識別してくれるいいバロメーターだとこの頃思います。
 洗濯って、そんなに汚れていないものなら水洗いだけでもいいのかなとも思えてきました。それでも、規定の半分くらいの無臭の石鹸洗剤は入れてしまいますが。