ビフォーアフターより安い
ところで、この暮れ正月、夫と私は大げんかをしました。
いえいえ、本の事ではありません。夫がいつもの脳天気を起こして、NPO法人の理事長になると言い出したからです。昔、財団法人の理事長になって大変な思いをした事を、事務方をした私は忘れないのに、得意顔で名刺を配っていた夫は覚えていないのでしょうか。仲間内で推薦されたのだと言って、ニコニコして帰って来ました。
大げんかになりましたが、怒るよりも呆れ果ててしまった私は、今回はそこで止まってはいませんでした。
「私も年金が入る歳になったし、ビフォーアフター用にと貯めていた貯金もあるから、この際、家を買って離婚する。この年でもうあんな思いをするのはいやだから」と、さっそくコンピューターで家探しを始めました。
お金のなかった昔は、子供達もまだ独立前で、どんなに不本意で大げんかをしても夫の言う事に従うしかなかったのですが、今回はお互いにわずかずつでも生活の資になる年金があり、本屋さんは諦めるにしても、少しだけ、自由になるお金がある。それが私の行動を後押ししてくれました。
それに、『ああこれでこの脳天気と縁が切れる』と思ったら、淋しさよりもホッとする気持ちの方が正直強かったのです。
更に驚いた事には、コンピューターで一千万円以下で買える家を探してみると、地価の下がったわが家の近くでは結構あるのです。少子化の時代ですから、家余りの時代でもあるのでしょう。その中の一軒は、高速道路の近くで何か問題もあるのかと思いましたが、七〇〇万円超くらいで、築十数年でした。大きくはありませんでしたが、私と娘には充分です。テレビで見ていても『ビフォーアフター』のリフォーム工事には少なくても一千万円はかかっています。中古物件を探した方が安いのではないかと思ってしまいました。
最初のうちはさほどおおごとだと思ってもいなかったらしい夫は「このところは中古住宅も値上がりしているらしいよ」等と叫んでいましたが、私の本気度が増すに連れて、「俺は断ったんだけど、どうしても押し切られてしまったんだ」と言い訳をしながら、お仲間に断りの電話を入れ始めました。
それから、二、三日して、お仲間全員に断りの手紙を出して、やっと一件落着しました。まさに夫婦はときどき戦争ですね。
夫もまだ何かしたいし、出来ると思っているのでしょうが、今まで失敗の方が多くて、不安な思いも何遍もした事を思えば、七十歳も超え、健康面でも問題を抱えているこの先、気楽な仕事以外は出来ないはずなのです。私だってそうです。失敗の可能性のある仕事は、歳をとってからはしてはいけないのです。